第138回 式の形・グラフの形(後編)

「さっきの微分の公式を逆に使えば、積分についての公式が得られるんだけど」と僕が説明する。「積分を見つめて」第4章後編。
登場人物紹介
:数学が好きな高校生。
テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
瑞谷先生:司書の先生。定時になると下校時間を宣言する。
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テトラちゃんと積分の公式についておしゃべりしている(第137回の続き)。

積の形

テトラ「先輩……さきほどから《和の形》の式を積分してますけど、《積の形》は積分できないんでしょうか。《積の積分は、積分の積》とは行きませんか?」

「うん、そうは行かないね。それは少し試せばわかるよ。たとえば、$x^2$を$x\cdot x$だと思って試せばいい。まず、ふつうに$\int x^2 \,dx$を計算すると?」

テトラ「$\frac13 x^3 + C$ですね。検算……はい、大丈夫です。$(\frac13x^3 + C)' = x^2$になります」

$$ \int x^2 \,dx = \frac13 x^3 + C $$

「それに対して、$\int x \,dx = \frac12 x^2 + C$だよね。これを$2$乗したら$x$の$4$次式になるから、さっきの$\frac13 x^3 + C$とはまったく違うものになっちゃう」

テトラ「ということは、積分するときには積の形ではだめで、和の形にしなければいけないということなんですね」

「それは鋭い指摘。ところが、そうでもないんだよ。積の形でもうまくいくことがある。なぜかというと……」

テトラ「なぜかというと……?」

「いま僕たちが考えようとしているのは、積分の公式だよね」

テトラ「はい、そうですね」

「《積分は微分の逆演算》を思い出す。そうすれば、積分の公式は微分の公式を逆に使えばいいってわかるよね」

テトラ「ははあ……あ、そういえば$x^n$を積分するときも、先輩はそういうお話をなさっていましたね」

「そうそう。《ある関数$a(x)$を微分して$b(x)$になる》という微分の公式があったら、 それを逆に使って《$b(x)$を積分すれば$a(x)$になる》という積分の公式があるわけだね。 ああ、もちろん積分定数$C$は補う必要があるけど」

テトラ「なるほどです。ということは、積分で《積の形》の公式を見つけたかったら、 微分での《積の形》を探せばよい……ということになるんでしょうか」

「その通り! さすが、テトラちゃんは飲み込みが早いね」

テトラ「い、いえ……でも《積の形》の微分……すみません、覚えてないです」

「おやおや。こういう公式、覚えてない?」

《積の形》になった関数を微分する
$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' = f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$

テトラ「え、えっと……覚えていません。すみません」

「いや、別にいいんだけど、これはよく使う公式だよ。それでね、これを逆に使えば」

テトラ「ちょっとお待ちください。ごめんなさい。この公式はどう読めばいいんでしょうか。 《読み方》というか《考え方》というか《覚え方》というか……」

「ああ、そうだね。見慣れていない式や覚えていない式に触れるときは、《式の形》をよく見るのが大切だからね。うん、 じゃちょっと積分から離れるけど、この式の説明をしようか」

テトラ「すみません……」

「まず、ここには$f(x)$と$g(x)$という二つの関数が出てくるよね」

テトラ「は、はい。そうですね」

「公式だから一般的に$f(x)$や$g(x)$といってる。でも実際にはもちろん、$x^3$や$x^2+x+1$や$\sin x$や$e^x$みたいな関数を意味してるんだよ」

テトラ「はい、それはわかります」

「うん、それで、この公式をもう一度見てみよう。全体として、これは《等式》になってるよね」

$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' = f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$

テトラ「なってますね。イコールがありますから」

「そうだね。だから、左辺と右辺が等しいという主張をしているわけだ」

テトラ「あっ、《数学的主張》ですね。先日ミルカさんがおっしゃっていた」

「そうそう。そこで左辺を見てみよう。そこにはこう書いてある。これは何?」

$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' $$

テトラ「はい、これは微分です」

「もう少していねいにいうと?」

テトラ「ていねいに、ですか。はい。$f(x)$と$g(x)$の積を微分した……」

「微分した?」

テトラ「微分した、もの、と言いますか……微分した、いったい何といえばいいんでしょう?」

「関数、だね。この$\left(\,f(x)g(x)\,\right)'$という式は、《二つの関数$f(x)$と$g(x)$の積を、$x$で微分して得られる関数》を表しているんだよ、テトラちゃん。 微分して得られる関数のことを導関数というから、《関数$f(x)g(x)$の導関数》とひとことでいってもかまわないけど。 何を表しているかわかっていれば大丈夫」

テトラ「……」

「いい?」

テトラ「はい、大丈夫です……あのですね、先輩。あたし、いまの先輩の質問にきちんと答えられませんでした。つまり、この左辺が《何なのか》をしっかりといえませんでした」

「うん、そうだね」

テトラ「でも、考えてみますと、それって大事なことですよね。式に書かれているものが何を表しているか……あ、これは《数学的対象》ですね」

「そうなんだよ、テトラちゃん。式を見るとき、ひとつひとつていねいに考えて、 自分がほんとうに理解しているかを確かめるのは大事なこと。 じゃ、今度は右辺を考えてみよう。これは何を表していると思う?」

$$ f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$

テトラ「はい。これは《関数$f(x)$を微分して得られる関数と、関数$g(x)$の積》それから《関数$f(x)$と、関数$g(x)$を微分して得られる関数との積》。その二つの和……ということですね」

「そういうこと。$f'(x)g(x)$は二つの関数つまり$f'(x)$と$g(x)$の積だし、 $f(x)g'(x)$のほうは$f(x)$と$g'(x)$の積になってるね。 そして、この二つはどちらも関数だよ。 そしてその二つの和$f'(x)g(x) + f(x)g'(x)$だけど、これもまた関数になっている」

テトラ「そうか……それは、そうですね! ぜんぶ関数なんですね」

「そうそう。そしてもう一度この公式の形を見てみよう」

$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' = f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$

テトラ「はい。全体は等式、左辺は関数、右辺も……関数」

「そうだね。そして、この公式全体としては、『$f(x)g(x)$のように積の形になっている関数を$x$で微分して得られる関数は、この等式の右辺のように$f'(x)g(x) + f(x)g'(x)$という形で表される関数と等しくなる』という主張をしていることになるんだね」

テトラ「……」

「ということは、僕たちが何かの関数を微分しようと思ったとき、『お、この関数は積の形になっているな』のように《式の形》を見抜けたなら、 この公式を使って、右辺のように変形できるということになる。……とまあ、くどくいえばそういうことになるよね」

テトラ「はい……」

「いま見てすぐに覚えられないかもしれないけど、具体的な関数で練習すればすぐに覚えられるよ。ところで、話を積分に戻すね」

微分から積分へ

「この微分の公式を逆に使えば、積分についての公式が得られるんだけど……わかる?」

$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' = f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$

テトラ「この公式を逆に使うということですね? ……すみません、何となくしかわかりません」

「なんとなく?」

テトラ「はい。あの。この両辺を積分すればいいんでしょうか?」

「そう! それでいいんだよ。両辺を積分すれば、こんな式になる」

$$ \int \left(\,f(x)g(x)\,\right)' \,dx = \int \left(\, f'(x)g(x) + f(x)g'(x) \,\right) \,dx $$

テトラ「は、はい」

「この左辺の《式の形》を内側からよく見ると、$f(x)g(x)$を、微分してから積分しているよね?」

テトラ「そ……そうなりますね」

「微分して積分するんだから、結局$f(x)g(x)$そのものということになる。つまりこんな式が成り立つ」

$$ f(x)g(x) + C = \int \left(\, f'(x)g(x) + f(x)g'(x) \,\right) \,dx $$

テトラ「この$C$は積分定数ですね」

「うん、そうだよ。そして右辺をよく見ると、和の形になってる。積分の線型性から、積分記号をするするっと中に入れることができて、こんなふうに書ける」

$$ f(x)g(x) + C = \int\!\! f'(x)g(x) \,dx + \int\!\! f(x)g'(x) \,dx $$

テトラ「……はい」

「両辺を交換して、いくつか項を移項すると、こんな公式が得られたことになるね」

積分の公式
$$ \int\!\! f(x)g'(x) \,dx = f(x)g(x) - \int\!\! f'(x)g(x) \,dx + C $$

テトラ「え……これが、公式なんですか?」

「そうだね。微分の公式を逆に使って作った、積分の公式の一つといえる」

テトラ「……これは、難しすぎます、先輩」

「そんなことないよ。難しそうに見えるけど、左辺をよく見て」

$$ \int\!\! f(x)g'(x) \,dx $$

テトラ「は、はい」

「この形、つまり《$f(x)$と$g'(x)$という積の形》を積分したいと思ったら、この公式が使えるんだね。だから、《式の形》には十分注意して……」

テトラ「せ、先輩。先輩! 何度もすみません。あたしには理解できないことがあります」

「え?」

テトラ「先ほどの微分はまだよかったんですが、今度のこの公式は左辺と右辺の両方に積分が出てきてますよね! これでは、積分を計算するのに役に立たないんじゃないでしょうか? 左辺に出てきた積分を右辺で置き換えて解くんですよね?!」

$$ \underbrace{\int\!\! f(x)g'(x) \,dx}_{\text{積分}} = f(x)g(x) - \underbrace{\int\!\! f'(x)g(x) \,dx}_\text{積分} + C $$

「ああ、そこ? うん、それはするどい指摘だよ、テトラちゃん! テトラちゃんの疑問は、半分正しくて、半分は正しくないんだよ。 まず、この公式を使って積分を考えるとき、 《左辺に出てきた積分を右辺で置き換える》というのは正しい。 でも《左辺と右辺の両方に積分が出てきているので役に立たない》というのは正しくないんだよ」

テトラ「で、でも……それじゃ、いつまでたっても積分がなくなりません……」

「うんうん、そう思うかもしれないけど、違うんだ。この公式の目的は、積分する関数の《式の形を変える》ところにあるんだよ。 いっぺんに積分の結果がわかるとは限らない。 《式の形》を変えて、積分を求めやすくできないかな、というときに使えるんだ」

テトラ「式の形を、変える……それは、$f(x)g'(x)$を$f'(x)g(x)$に変えるという意味でしょうか」

「そう! その通り。テトラちゃんは《式の形》をよく見ているよ」

$$ \int\, \underline{f(x)g'(x)} \,dx = f(x)g(x) - \int\, \underline{f'(x)g(x)} \,dx + C $$

テトラ「でもそれで、何が、どう、うまく行くのか、あたしには無理みたいです……」

「うん、じゃあ、簡単な具体例で見てみようよ。大丈夫、すぐ《なるほど》になるから。こんな問題。積の形だよ」

問題(積の形の不定積分)
$$ \int\, xe^x \,dx $$

テトラ「……これは、$x$と$e^x$の積の形になっている関数を積分せよということでしょうか?」

「そうだね。その通り。《積の形》だから、線型性を使って解くわけにはいかない。といわれても、$xe^x$の積分なんてすぐには思いつかない」

テトラ「《思いつかない》のかどうかもあたしにはわかりません……」

「うん、$\int\, xe^x \,dx$という式はテトラちゃんに、《私は微分すると$xe^x$になる関数です》と自己紹介しているんだよ。 微分すると$xe^x$になる関数って、どんな関数か、すぐに思いつく?」

テトラ「ははあ……い、いえ、思いつきません。指数関数だけならいいんですが。$e^x$を微分すると$e^x$自身……ですよね?」

「そうなんだよ、そこそこ。$x$だけなら$(\frac12x^2 + C)' = x$だし、$e^x$だけなら$(e^x + C)' = e^x$だから、《私は微分すると○○になる関数です》と言われてもすぐにわかる。 《和の形》でも大丈夫。でも《積の形》はやっかいなんだよ」

テトラ「……」

「じゃあ、$\int\, xe^x \,dx$にさっきの公式をあてはめて考えてみようよ!」

テトラ「はい!」

公式へあてはめて考える

「具体的にあてはめるには、公式と問題の式を並べてみるといいよ」

テトラ「こう……ですね」

$$ \begin{align*} & \int\!\! f(x)g'(x) \,dx = f(x)g(x) - \int\, f'(x)g(x) \,dx + C \\ & \int\, xe^x \,dx = \text{???} \\ \end{align*} $$

「そうそう。だから、何が何に相当するかわかるよね」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに13巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

SHU10038 この積分を見ると不思議な気持ちになります.なんというか懐かしいというか.. 5年弱前 replyretweetfavorite

imathrill 結城先生の積の微分法を面積の増加分による解釈で証明する話が面白い 確か数式では分子にf(x+h)g(x) を足し引きしてf(x+h) とg(x) で括ると上手くいったな fとgは逆でもいいよね……? いや, 式の形からその筈だ. https://t.co/PK7WOOeqIi 5年弱前 replyretweetfavorite

lungi7712 ちょいとお酒でほろ酔い状態なのだけど、やっぱりミルカさまは流石だにゃぁ〜。あの図を思いつくなんてすごい!!本当に目からウロコです 5年弱前 replyretweetfavorite

hyuki 積の形になった積分、どうやって求める? https://t.co/rTcFJaH5bP https://t.co/teUmeLNfGd 5年弱前 replyretweetfavorite