NASA技術者が読む『下町ロケット』〜技術へのこだわりは賢か愚か?

人気ドラマをより楽しむため、現実の宇宙開発における技術者のこだわりが明暗をわけた事例をNASA技術者の小野雅裕さんが解説します!

先月に日本に帰省した際、『下町ロケット』なるドラマが好評を博していることを知りました。ドラマを殆ど見たことのない僕も宇宙と聞くと興味が沸くし、舞台が僕の地元の大田区とあってはなおさらです。短期間の帰省だったのでドラマを通して見ることはできませんでしたが、代わりに池井戸潤さんの原作小説を読んでみました。


『下町ロケット』の中心的テーマは、技術へのこだわりと、ビジネスにおける短期的な損得とのジレンマです。主人公は 元々 JAXAに勤める研究者でしたが、開発していたロケットエンジンの失敗の責任を取らされてJAXAを追われ、父の町工場を継ぎます。そして社長としてこのジレンマに幾度となく直面し、難しい判断を迫られます。「やっぱりオレはモノを作りたい。」そんな言葉で熱血漢の佃社長は夢を諦めずに自社技術へのこだわりを貫きます。そして最後は自社の部品が採用されたロケットが宇宙へと飛び立ち、大団円を迎えます。


このようなジレンマは現実の宇宙開発の世界にも存在します。たとえばこんな例がありました。自社技術へのこだわりが、はっきりと明暗を分けたケースです。

自社技術へのこだわりが奏功したスペースX

つい数年前まで、アメリカの大型ロケットといえば、ボーイングのデルタ・ロケットと、ロッキード・マーチンのアトラス・ロケットしかありませんでした。この2社は商業打ち上げ市場においてはヨーロッパとロシアの後塵を拝していました。しかしアメリカ政府からの需要、とりわけ軍事衛星の打ち上げ需要が安定していたため、十分商売になっていたわけです。(アメリカで宇宙といえばNASAと思われるかもしれませんが、国防省が打ち上げた人工衛星の数はNASAよりもはるかに多いのです。)


左:ULAのアトラスVロケット、右:SpaceXのファルコン9ロケット。
Image Credit: NASA

後にボーイングとロッキード・マーチンはロケット事業を合併し、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)という会社を設立しました。アメリカの衛星打ち上げは、文字通りULAの独占だったのです。


そのアトラスの現行モデルであるアトラスVの第一段のエンジンなのですが、実はロッキード・マーチンが自社開発したものでもなければ、自国製ですらありません。ロシアから輸入したRD-180というエンジンが採用されています。『下町ロケット』の作中でも説明されている とおり、エンジンはロケットの心臓部とも言えるコア技術で、新規開発には膨大なコストとリスクが伴います。ロシアのエンジンは良い意味で「枯れた技術」で、新規性には欠けるものの、コストと信頼性に非常に優れていました。ですから、ロシアにエンジンを外注することは、少なくとも短期的には経済的合理性があったのでしょう。


しかし、2014年3月にクリミア危機が勃発し、米ロ関係は急に悪化します。その余波でロシアはアメリカの軍事衛星打ち上げに使用されるロケットエンジンの輸出を禁止しました。一方、アメリカ側からも制裁が発動されます。当然、エンジンがなければロケットは飛びません。慌てたULAはエンジンの国内調達の可能性を調査しましたが、開発に5年はかかると見積もられました。アメリカで最も信頼性の高いロケットという評判を得ていたアトラスは、一気に苦境に陥ったのです。


逆にクリミア危機をチャンスに変えたのが、イーロン・マスク率いる新興のスペースX社でした。スペースXは2002年にベンチャー企業として創業して以来、たった8年で日本のH2Aロケットに匹敵する能力を持つロケットを開発し、欧州とロシアが寡占していた国際商業打ち上げ市場に一気に食い込みました。そのスペースXは、まだ小型ロケットの開発に四苦八苦していた小企業だった頃から、一貫してエンジンの自社開発を貫いてきました。


ここぞとばかりにスペースXは攻勢に出ます。『下町ロケット』では法廷における企業間の激しい駆け引きが描かれていましたが、スペースXも法廷戦略に打って出たのです。訴えた相手はなんとアメリカ空軍でした。空軍が打ち上げ契約をほぼ独占的にULAに与えているのを不服とし、公正な競争を求めたのです。裁判は今年1月に和解に達し、競争的に契約する枠が大幅に増えることになりました。その間にスペースXのロケットは空軍の認証試験もパスしました。ULAはこうしてあっという間に独占的立場を失いました。


アトラスがロシアのエンジンを採用したのは、短期的に見れば、コスト抑制と信頼性の確保を両立できる、合理的な判断でした。しかし長い目で見れば、自社技術にこだわったスペースXが勢いを得る結果になったのです。


技術への過度なこだわりが裏目に出たH-IIA

しかし、現実世界では技術へのこだわりが常に吉と出るとは限りません。もうひとつ例を挙げましょう。『下町ロケット』の題材となった、我が国のH2Aロケットです。H2Aの前身となるH2ロケットには、二つのこだわりがありました。ひとつは純国産であること。もうひとつはLE7エンジンの新規開発でした。


LE7エンジンは、燃費に優れる液体水素燃料と、さらに燃費を向上させる二段燃焼サイクルという先進的な技術を組み合わせることで、世界最高レベルの性能を達成していました。この組み合わせが用いられたのは他にはスペースシャトルくらいしかありません。最先端の技術を満載したH2ロケットは世界と対等にやりあえる。そう日本の人たちは期待しました。


同時期にヨーロッパでもアリアンVロケットの開発が進んでいました。エンジンは自主開発でしたが、単純で古典的な技術であるガス発生器サイクルを採用していました。単純な分、コストが安く、信頼性にも優れます。(事実、目下63回連続で打ち上げに成功しており、圧倒的な信頼性を誇っています。)燃費は劣りますが、ヨーロッパの技術者はそれを力技でカバーしました。燃費が悪くても、燃料をたくさん積めばいいだけの話ではないか。そう開きなおったのです。巨大な燃料タンクを設けて、H2Aの約2倍の重さの人工衛星を打ち上げられる設計にしました。ですから、日本人の体型のようにスリムなH2Aと比べて、アリアンVはなんだかボッテリとしています。お世辞にもカッコいいとは言えません。なんとつまらないロケットだ、と笑った日本の技術者もいたそうです。


左:日本のH-IIAロケット、右:ヨーロッパのアリアンVロケット。
Image Credit: JAXA, ESA

しかし蓋をあけてみれば、商業打ち上げ市場においてはアリアンの圧勝でした。アリアンは現在、世界の静止軌道への商業打ち上げ市場をほぼ独占しています。一方、H2AはULA以上に政府需要に依存した状態が続いています。現在までにH2, H2A, H2Bあわせて40回打ち上げられましたが、顧客はほぼ全てが日本政府で、商業打ち上げは1度しかありません。(11月に2度目の商業打ち上げが予定されています。)それどころか、日本企業の人工衛星、たとえばスカパーが保有する16機の放送衛星も、殆どがアリアンや他の海外のロケットで打ち上げられたものなのです。

決してH2Aが悪いロケットなのではありません。それどころか素晴らしいロケットです。先述の通り先進的な技術を用いたエンジンを搭載しています。姉妹機のH2Bと合わせると33回中32回の打ち上げを成功させ、成功率は97%に達しますそのH2Bは宇宙ステーションへの補給船HTVの打ち上げで国際的な有人宇宙開発に大いに貢献しています。モノは良いのに売れない。それが悩みなのです。

なぜこうなってしまったのでしょう。ロケットとはつまり、トラックと同じで、荷物(人工衛星)を宇宙に運ぶのが仕事の、いわば運送業です。顧客が気にするのはコストと信頼性のみで、技術の先進性ではありません。いくら古い技術を使っていても、単純なほうがコストも下がりますし信頼性にも勝るのです。技術へ過度のこだわりが、H2Aの場合には凶と出てしまったと言えるでしょう。

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小野雅裕 /小山宙哉

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コメント

masahiro_ono イーロン・マスク率いるスペースXは、昨年のクリミア危機をチャンスに変えました。その理由は自社技術へのこだわりにありました。 https://t.co/xuLP9b5eVE 約4年前 replyretweetfavorite

r28 自社開発・最新技術への拘りか、コスト抑制・信頼性の確保か--- 約4年前 replyretweetfavorite

jisama |小野雅裕 @masahiro_ono サヤマ製作所のひとはNASAのひと…。は、ともかくNASAに行くまでの学費はすごかったろうなぁ。 https://t.co/W9y3Fvy8qJ 約4年前 replyretweetfavorite

sampasj https://t.co/OJyWuwHXSo 約4年前 replyretweetfavorite