現代暴力論

気分はもう、焼き打ち—栗原康×白井聡対談【後篇】

栗原康さんと白井聡さんによる、『現代暴力論』刊行記念対談。ゼミの先輩・後輩の間柄から、学部生時代の思い出話も飛び出し、白井さんのアジ演説は学生時代の頃から上手かったことが判明しました。話は大杉の思想から、国家の権力、そして様々な世の束縛にどう抗すかに至ったと思ったら、栗原さんの失恋話にまで飛び火して……。オチの予想がつかない対談は後編へ!

「生き延びる」ではなく、「生きる」

白井 栗原くんが先ほど指摘した、奴隷の価値観を内面化してしまうという問題はたいへん重要だと思います。現代の問題である、というのは同感です。
 僕が思ったのは、原発事故が起こったときの日本社会の反応です。大きなデモも行われるようになりましたが、それでも少なすぎると思っています。東京で、一応日常生活はできていますが、たまたま運が良かっただけの話です。我々は、半ば殺されかけたのです。にもかかわらず、そういう状態をつくられたことに対する抗議に数万人や10万人くらいしか行かない。500万人くらい集まっても当たり前だと思いますが、生存本能が相当壊れてきてしまっているのではないか。だからサバイブする気がないのではないかと。
 原発が爆発するということは、今までのルールからすると考えられない想定外の事態が起こってしまったということです。 想定外のことが起こったら、行動を変えなくてはならない。政府や電力会社に抗議をすることかもしれないし、電気の不買運動をすることかもしれない、あるいはNHKに抗議することかもしれない。いずれにせよ、それまでとは違った行動を取らなければいけない。

栗原 しかし、ほとんどそういった行動は取られませんでした。

白井 そう。これまで続いてきた日常生活、日常的社会の構造の中でのサバイブだけを考えてきたから、ゲームの内容が根本的に変わったのに、行動を変えることができなかった。
 そうなってくると“生き延びる”ことさえできなくなっているのでは? このような状況を栗原くんはどうしたらいいのかと考えてきたんじゃないかと思う。
 栗原くんは、今日はこういう席にいるから結構喋っていますが、普段は寡黙なんだよね。そのうえ、ヒョロってしているから弱そうに見える。しかし、大学時代から今日に至るまでの彼を知っている身としては、ここまで頑固で強い人間はいない。普通、大杉栄研究で就職ができるかと言ったら、なかなかできないですよ。普通の人間なら妥協を考えます。妥協した研究をした方が良いのではとか、いわゆる思想史的研究、大杉栄のこういう部分は誰の影響で、といったことをやる。でも、そういうのは興味ないでしょう?

栗原 興味ありません(笑)。


白井 業界受けするアカデミックな論文にはならないよね。大概の人間はそこで挫けていくものです。私は挫けた人間を沢山見てきました。大概、挫けた人間の方が良い所に就職したりするのですが、しばらくぶりに会うとがっかりする。結構、頭が切れて良い視点も持っていて、一目置いていたのに、肩書は偉そうになってはいるけど、中身がなくなっている。
 栗原くんは妥協しない。俺は生き延びるなんてつまらないことを考えない。生きたいように生きるだけだと言ってやってきた。多くの人は、なかなかそこまで強くなれないんですよ。

栗原 周りの友達にも頑固者だねって言われます。ゼミの先生にも迷惑をかけました。師匠だった梅森先生にも「書誌研究です」と持って行ったりはしたのですが、そうは書いていない(笑)。「お前ビラ書いてんじゃねーぞ」と3、4回は言われている内に、「そうか、僕が書きたいのはビラなんだ」と、一時期ビラを書くのに凝っていました。

白井 論文ではなく、ビラに走った。

「根拠なき世界への信頼」の価値

栗原 デモに行くたび、A4一枚に6000字くらい書きましたよ。おかげで誰も読めない(笑)。しかも誰に配るわけでもない。それでやっていければいいんですけど、下手をすると死にかねない。実際、今でも大学の仕事は全然もらえていませんし、『大杉栄伝』を書く直前は、本当にどん底でした。博論通れば何とかなるから、とウソをついたりして粘っていたんですけど彼女にも振られましたし。
 でも、頑固にやり続けていれば助けてくれる人はいるんですよ。仏っているかもしれないって思いました。

白井 何があったの?

栗原 『大杉栄伝』の版元、夜光社の川人さんが「うちで本書いてみますか」と言ってくれたんですね。もともと、研究論文博士論文では大杉栄そのものを扱っていた訳ではなかったのですが、「栗原くんが書きたいのは大杉栄でしょ。じゃあ、ちょっと評伝で好き勝手書いてみないか」と。それを言われた瞬間に体がポーンと、軽くなった気がした。しかも「大杉栄の本を出しても売れませんよ」と言ったら、「売れなくても良いんで、もう出しましょう」と。そんな出版社ないですよ。ただ、その直後に「ちょっとごめん。300部は売りたい」と言われましたが(笑)。

白井 わかる、わかる。そうだよね、強いから粘れる、我を通せる、妥協できずにやれるということでもないんだな。
 僕もレーニンの研究を大学院で始めたから……しかもその内容たるや、「レーニンは素晴らしい」「レーニンはとにかく凄い」というもの。ゼミで発表すると、僕の師匠の加藤哲郎先生は「面白いけど就職はないぜ」と苦笑していた。苦笑する先生を見て、「中身が良ければ絶対に大丈夫だ。あんなこと言ってるけど、今に見ておれ」と思っていたんですよ。でも、博士課程にまで進むと加藤先生の言葉の意味がよく分かってきた。
 どうしたものかと思っていたときに、『情況』という雑誌を出している社長さんが気に入ってくれて、ヒョイと拾ってくれた。訳の分からない若造が「レーニンはすばらしい」とか書いている文章を載せるなんて、普通の雑誌ではあり得ない。変な人が仏みたいな感じでひょっと出てきて、助けてくれるということがあるんですよね。そう考えると「助けてもらえるだろう」という、世界に対する根拠のない信頼が必要なのかな。

栗原 根拠なき信頼、というのは資本主義の貸し借りという関係から逸脱した、良い言葉ですよね。

真実を突きつける才能

白井 さて、僕らは自分のやりたいことしかやらないぞという、その頑固さにかけては自信があるんですが、僕にはなくて栗原くんにある資質として、これは凄いことだなと思っているものがある。それは、人にこの世界の恐ろしい真実を告げさせてしまうこと。
 先ほどどん底の時期を聞いたけど、『はたらかないで、たらふく食べたい』のなかで紹介されている彼女に振られた時の話が凄いんだよね。デートでショッピングモールに行ったけれども、栗原くんは金がないから何も買わない。彼女に「たまには何か買ったらどうよ」と言われて「お金ないから」と返す。なぜならそれは働いてないからですね。「なんでもっと働かないのよ」「働きたいと思わないから」。埒のあかないことになって、彼女が切れるわけです。「なんでお前は何か買いたいと思わないのか」と。

栗原 「僕はそんなこと思わないんだけど」と言いました。

白井 この栗原くんの回答に、彼女は言います。「私みたいな月給取りがなんのために働いているのか。それは、ここに来て買い物をして憂さを晴らすためなんだ。そのためにこそ、働いているんだ!」と。
 恐ろしい真実を自らの口から出してしまった。働いている本当の意味は何か? 誰しも自分の仕事に対してやりがいを感じたい、社会的な意義があるんだ、世の中のためにやっているんだという意識を持ちたいものです。それがないと辛い。しかし、この消費社会のなかで突き詰めていくと、彼女は買い物というストレス発散のために働いていた。何の意義も感じられない労働をしており、生きている感触を取り戻すのはショッピングモールで金を使うことにしかなかった。こんな恐ろしい真実は、誰も認めたくないわけです。それを栗原くんと対峙したことで、突きつけられてしまったのです。
 栗原くんが結婚までしようと思った女の子は、あまりにも普通すぎたのではないかと……。僕は、その子のような本音を持っている人と、深く話す仲にもなれたことがないのですが、なぜ栗原くんは接近できるのだろうか?

栗原 好きになっちゃうんですよね……。だいたい合コンで知り合うことが多い、ということもあるのかもしれませんね。「合コンに行きたい」と文章に書いて友達に苦笑されたりもしていますが。彼女に白井さんが言っていた恐怖の言葉を言わせてしまったとき、僕には誘導する意識はなかったんですよ。

白井 それはそうだと思うよ。彼女だって、そんなことを意識的に考えたことはなかったと思う。君と付き合うことによって、そういうことを言わされちゃったんだよ(笑)。恐ろしい真実に彼女は向き合い、それを口に出す羽目になってしまった。これは凄い。

「消費する私」の呪縛

栗原 考えてみると、今でこそ労働で自己実現みたいなことが言われるようになりましたが、とはいえ仕事は働くために無理矢理頑張ってやっているものだ、自己実現として消費はある、という縛りは未だに強いですよね。消費は自分が選んでものを買い、身に付ける。それによって自分の個性を身に付けていくことでもあるから、消費によって自分自身の個性、社会的価値を示すことが出来ると。

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現代暴力論

白井聡 /栗原康

『大杉栄伝』(夜光社)で「第五回 いける本大賞受賞」「紀伊國屋じんぶん大賞2015 第6位」。今年初頭から、一挙に注目を集めた新進気鋭のアナキズム研究者・栗原康さん。新刊『現代暴力論――「あばれる力」を取り戻す』(角川新書)の刊行を記...もっと読む

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コメント

kurohikosan 「そう考えると「助けてもらえるだろう」という、世界に対する根拠のない信頼が必要なのかな」 消費姉ちゃんも研究兄ちゃんも、等しく同じ信頼の上で生きてる。 9ヶ月前 replyretweetfavorite

tomatosukisuki1 しかし、この消費社会のなかで買い物というストレス発散のために働いていた。何の意義も感じられない労働をしており、生きている感触を取り戻すのはショッピングモールで金を使うことにしかなかった。 9ヶ月前 replyretweetfavorite

kiq 1件のコメント https://t.co/tzvHDwEoMC 約1年前 replyretweetfavorite

kiq 1件のコメント https://t.co/tzvHDwEoMC 約1年前 replyretweetfavorite