アメリカ人の読書スタイルを変えたAmazonの恐ろしい企み

先日、電子書籍の売上が失速し、紙媒体の書籍が息を吹き返しつつあるという記事が話題になりました。渡辺由佳里さんはアメリカの出版業界で巻き起こっている戦いは「電子書籍vs紙媒体」ではなく「大手出版社vs新しいスタイルの出版」なのだと指摘します。また、無類の読書好きとして知られる渡辺さんが、まんまと罠にはまってしまったというAmazonの戦略とは?

電子書籍 vs 紙媒体?

9月中旬、アメリカでの電子書籍の売上が失速し、読者が紙媒体の本に戻ってきたという内容の記事がニューヨーク・タイムズ紙に掲載され、それが日本でも翻訳されて話題になった

この記事の発端になったのは、Big Fiveと呼ばれる大手5社(ペンギンランダムハウス、ハーパーコリンズ、サイモン&シュースター、マクミラン、アシェット)を含む1200社が会員になっているAssociation of American Publishers (アメリカ出版協会、AAP)が発表した数字だった。

AAPの報告では、2014年2月から2015年9月までのKindle本の売上は45%から32%に落ちている。これだけを見ると、たしかに電子書籍の売上は失速しているようだ。

このとき、「所詮、電子書籍なんてそんなものさ。ブームが過ぎたんだろう」という意見を日米両方で見かけた。だが、私には、ニューヨーク・タイムズの記事や、それを読んだ人の「やはり本は紙にかぎるよね!」というウキウキした反応が、過去にしがみつく人々のwishful thinking(希望的観測)にしか感じられなかった。

大手出版社のKindle本の売れ行きが失速したのは、長年のユーザーたちにとっては意外ではなかった。

kindleの初期の読者は、定価が25ドルくらいするハードカバーの新刊を10ドル以下で買えることに大いに魅力を感じた。だから思いきって電子書籍を試し、それで虜になってしまったのだ。

ところが、大手出版社が結束してKindle価格を上げたために、最近ではハードカバーと電子版の価格差が狭まり、刊行から1年ほど経ってペーパーバック版が出たら、下記のようにペーパーバックのほうが電子版より安くなってしまうことも増えた。

「それならペーパーバックのほうを買おう」と考える読者が増えるのはあたりまえだ。

「読者はやはり紙の手触りが好きなのよ!」というロマンチックな筋書きを私が信じないのは、自分が『ジャンル別 洋書ベスト500』という本を執筆したほどの読書依存症であり、同じく読書依存症のアメリカ人をたくさん知っているからだ。

私がどのくらい読書依存症かというと、初代Kindleの時代から10台以上のKindleを購入し、電子書籍で1000冊以上蓄え、紙媒体で少なくとも数千冊所有している。来年の改築のときにどうしていいのか頭を抱えているところだ。

これくらい本が好きだからこそ、電子書籍を紙媒体の敵とみなす人にはうんざりする。紙媒体と電子書籍の両方を出版している作家は、「電子書籍があったほうが、紙媒体も売れる」と語ってくれたし、私自身、両方購入することはよくある。

たとえば、ハードカバーを買ったけれど、重すぎて旅行に持って行きたくないので、結局Kindleでも購入する(これが多い)とか、Kindle版とAudible版を持っているのに、図表や写真がよく見えないことに気付いてハードカバーも買う、といった感じだ。

著者に会う機会ができて、すでにKindle版とAudio版を持っているのにもかかわらず、サインしてもらうためにハードカバーを買うことも少なくない。

Amazonが一人勝ちした理由

アメリカの出版業界で起こっているシリアスな戦争は、「電子書籍vs紙媒体の書籍」ではない。

「大手出版社による伝統的な出版vs新しいスタイルの出版」だ。

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アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む

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コメント

novl_h リアル店舗型Amazon書店とか向こうにはあるらしいし、AmazonはやっぱりIT巨人だわ。/リアル 11ヶ月前 replyretweetfavorite

kyoro1 "なぜAmazonが一人勝ちしているかというと、業界メインストリームの発想にとらわれず、私のような読書中毒者を誘惑して罠にかけることに的を絞ってきたからだ。" 1年以上前 replyretweetfavorite

YukariWatanabe @taniguri それに関すること、こちらに書いています>https://t.co/naBU0ps3hI また日本のアマゾンの場合「普及しないからギフトにできない」というのは理由ではありません。日本独自の制度(不明確)に原因があると思っています。 2年弱前 replyretweetfavorite

sikano_tu https://t.co/qFoPbn5N3Y 冊子体VS電子本という設定は間違い。活字中毒者にターゲットを絞った新サービスを考えろってのは、全く正しいと思う。常習的活字中毒者ってのは昔からそんなに数いないんだから。 2年弱前 replyretweetfavorite