蛭子の論語

第1回】「論語」を僕は知りませんでした

前著『ひとりぼっちを笑うな』が大きな反響を呼んだ蛭子能収。11月10日に発売される新作のテーマはなんと「論語」。孔子が残した言葉の数々を見て、蛭子は何を思い、語るのか。この連載では新書最新刊『蛭子の論語 自由に生きるためのヒント』(角川新書)から、エッセンスを抽出してお届けいたします。息が詰まるような現代で自由に生きるためのヒントが満載、お楽しみください。

 僕は昨年(2014年)の8月に、 『ひとりぼっちを笑うな』という本を出しました。LINEなど、SNSの発達にともなう「友だち偏重主義」に対する僕なりの違和感を、孤独と自由を愛する者のひとりとして、ちゃんと表明しておきたかった。それが久しぶりに本を書いた、何よりのきっかけでした。

 あの本を書いてから、テレビやラジオ、新聞、雑誌など、さまざまな媒体からインタビューを受けました。みんな真剣に僕の話を聞いてくれるものだから驚いてしまいましたよ。この僕に真面目なことを聞くなんて……何だかおかしなことが起きています。

 そんなある日、『ひとりぼっちを笑うな』の編集者さんから、「蛭子さん、次は『論語』を読んでみませんか?」って連絡がきた。「えっ? ロンゴ? 何ですかね、それ?」。最初は意味もわからず、そう聞き返すだけ。よくよく聞いてみたところ、その編集者さん曰く、『ひとりぼっちを笑うな』に書かれている僕の考えは、古代中国の「老荘思想」に通じるものがあるのだとか。本当ですかね? 何かの間違いじゃないかな? それはいまだに半信半疑だし、そもそもよくわからない話なので、最初は断ろうと思っていたんです。だって、『論語』ですからね。その難しそうな名前だけで僕はアレルギー反応を起こしそうです。

 だけど、結局は断ることができなかった。うまいこと、言いくるめられてしまったんです。それもそのはず、本を読むのも苦手ですけど、それ以上に、誰かの頼みごとを断るのが大の苦手なんですよ。とはいえ、やはり引き受けてしまったので、しぶしぶ『論語』を読み始めることにしました。『論語』の訳も編集者さんに手伝ってもらって、僕でもきちんと理解できるようにしてもらったんです。すると、これが意外や意外! 今から2500年以上も前に書かれた本に、うなずくことしきりというか、「これ、俺が書いたんじゃないの?」って思うほどの共感ぶり(言い過ぎましたね)。

 もちろん、ひと口に「共感した」と言っても、その共感度合いはさまざまでした。僕は『論語』のどこに共感し、どこに違和感があったのでしょう。そこから浮かび上がる僕自身の考え方を読んでもらえれば、と思います。

●自分の足で歩いて感じ取る

子曰く、故きを温めて新しきを知る。以て師為る可し。
(為政第二 一一)

【訳】老先生の教え。古人の書物に習熟して、そこから現代に応用できるものを知る。そういう人こそ人々の師となる資格がある。
【編集部訳】古いものを知ることによって、新しいものの良さを知ることができる。

 世の中には、「古典」や「名作」と呼ばれる書物が無数に存在しています。たしかに、それらをいっぱい読んだり知っていたりするほうが、引き出しが増えるでしょうから長い人生を生きていくうえでとても有効ですよね。


『蛭子の論語』、11月10日発売!

 僕がかかわるような仕事であれば、テレビのクイズ番組に出たときなんかがそうかもしれない。「古典」や「名作」に詳しい人が、たくさん回答することができることは言うまでもありません。でも、「古典」や「名作」を読む、読まないというのは、その人の自由じゃないかな? って、言いたい僕もいる。学校の授業ならともかく、少なくとも誰かに強制されてやることではないかもしれない。自分が読みたいと思ったら読めばいいし、読みたくないと思ったら読まなくてもいい。というのも、それらを知らなくても、〝とりあえず生きていく〟ことはできるじゃないですか。

 僕なんかは、まさにその典型。ここだけの話、「古典」や「歴史」といったものについて、恥ずかしいくらいに知識がありません。もちろん、知りたいという願望は持っているんですよ。だけど、仕事のほかに競艇(注・現在は、「ボートレース」が正式名称ですが、著者の言葉として「競艇」と明記します)の情報を頭に入れることや映画を観ることで精一杯だし、そもそも本を読んだり調べものをしたりすることが不得意。ただ、「古典」や「名作」にからっきし詳しくない僕でも、この年齢までどうにかこうにか生きてきたことは紛れもない事実なんです。それはなぜでしょう? その理由は、僕がいつも新しいものを受け入れ、そして心からそれを楽しんできたからです。

 古いものを知ることはとても大事。でも、僕はそれ以上に、新しいものの良さを感じることができるかどうかが重要だと捉えています。

「温故知新」—「古いもののなかに新しいことを見つけ出す」というのは、つまり「新しいことを見つけ出す」ことが、肝心要ということですよね。新しさを見つけるために、古いものを知るわけです。

 でも僕の持論は、 新しいことを感じるためには、本を読むよりもむしろ街へ出てみることのほうがいいかもしれない、というもの。その昔、寺山修二さんが書いた『書を捨てよ、町へ出よう』という本がありましたけど、まさにそのとおりだと思うんです。

 実際に街へ出て、たくさんのものを自分の目で見て体感する。そういう経験って、たとえ無意識だったとしても、きっと自分のなかに残っていくはずです。それが後々、何かの判断基準になっていく。

 街はたくさんの新しいもので溢れ返っています。だけど、それと同じくらい古いものも存在している。建物ひとつ取っても、日本は結構古いものが、新しいもののなかに混じっていたりしますからね。その両方を見ることによって、新しいもののなかにある、「新しさ」を感じることができるんです。

 「温故知新」というのは、たしかにそのとおりですし異論はありません。でも、それは必ずしも、本を読んで勉強することだけではないんですよね。

 自分の足で歩いて感じることが大切なこと。そして最も大事なのは、新しいものを新しいと感じることのできる柔軟な感受性があるか否かです。

 クイズ番組ではまるで活躍の場がない僕ですから、偉そうなことは言えないけれど、それがあるからここまでやってくることができたという一応の自負はあるんです。

 昔のことを知るのも大事。だけど、いちばん大事なのは、今の時代をとことん楽しむこと! そのためには、新しいものをどんどん受け入れることのできる感受性を持っていたほうが絶対にいい。孔子さんは古い書物を読めと言ったみたいですけど、それだって結局、孔子さんが生きた時代を、より楽しむためだったんじゃないかなあ。

角川新書

この連載について

蛭子の論語

蛭子能収

前著『ひとりぼっちを笑うな』が大きな反響を呼んだ蛭子能収。11月10日に発売される新作のテーマはなんと「論語」。孔子が残した言葉の数々を見て、蛭子は何を思い、語るのか。この連載では新書最新刊『蛭子の論語 自由に生きるためのヒント』(角...もっと読む

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コメント

RieDorji 上から目線ではなくて「同じ方向を向いていなくても大丈夫」と言ってくれる蛭子さんはやっぱりホッとする存在です。 4年弱前 replyretweetfavorite

takao11sep cakesの編集者の有能さがすごい https://t.co/bJucokq8kj 4年弱前 replyretweetfavorite

kenzosaan 蛭子さんめっちゃいいこと言ってる。→ 4年弱前 replyretweetfavorite

ebisu_rongo 【お知らせ】cakesさんでは『 4年弱前 replyretweetfavorite