さらば国分寺書店のオババ(椎名誠)後編

finalventさんの椎名誠『さらば国分寺書店のオババ』評後編。そこには、新しい時代の文体を導入しつつも、古書店のオババに象徴される旧教養主義への矛盾した思いがありました。その根源にはなにがあったんでしょうか。

なぜ単行本で構図を変えたのか

さらば国分寺書店のオババ (新潮文庫)
さらば国分寺書店のオババ (新潮文庫)

 旧教養主義と旧体制に対立する自由な反逆者としての椎名という構図には、時間がもたらした椎名自身にまつわる、もう一段深い困惑と矛盾がある。椎名が同書を出版したのは1979年11月であり、初出エッセイの1977年から2年が過ぎていた。この間、彼が心血を注いだ『本の雑誌』は読書人の注目を浴びる存在にまで成長したが、同時にビジネスマンとしての椎名も成長していた。

 彼が初出エッセイを出した33歳から、単行本を出した35歳という、30代前半の年齢は、有能なビジネスマンなら誰も、その生涯の才能の開花を見せる時期である。

 単行本を出した年の2月に椎名は教育社から『クレジットとキャッシュレス社会』を出版、6月には日本実業出版社から『クレジットカードの実務知識』を出版、すかさず7月教育社から『大規模小売店と流通戦争』を出版した。この間に並行して『さらば国分寺書店のオババ』は書かれた。まじめな小売業の専門家が、夜は昭和軽薄体を書いていた。二面を持ったビジネスマンだった。

 ビジネスマンとして椎名誠とはどういう人だったのか。1966年、22歳、後にストアーズ社となるデパートニューズ社に入社した。ダイエーなど爆発的に成長するデパート業界の情報誌の会社である。ここで『調査月報』の編集に関わった。24歳で結婚。25歳で同社新雑誌の編集長となる。26歳で長女誕生。

 椎名は、戦後第一世代の普通のサラリーマンである。そして仕事のかたわら、30歳が過ぎて、趣味の映像作品制作や書評同人誌に関わっていた。中年になって趣味も開花したという点で、サラリーマンにありがちな人生だった。実際、サラリーマンだった。どちらかといえば、彼自身は制服側の人間である。

 椎名を破竹の勢いの小売業界の人と見るなら、「そこいら中の制服関係の皆様」に対して、挑戦者の側にいたと言ってもよいが、趣味で映像作品制作や書評同人誌に関わる人という点で見れば、ビジネスマンとしての椎名自身は、クレジット社会の推進者として「死ね!」と罵られる体制側にいた。彼の存在は矛盾していた。自分を「死ね!」と呪ってもいたに等しい。

 困惑もしていた。その矛盾と困惑が、初出エッセイとは構造の異なる単行本『さらば国分寺書店のオババ』の背景になっている。

体制側にも反体制側にも立てなかった椎名誠

 当時の椎名の困惑と矛盾はさらに入り組んでいる。旧教養主義への惜別の情感すら単層でない。自分を新興サブカルチャー側に置きながらも、そこにねじれた批判の意識も持っていた。これが第4章で露出する。

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