東大駒場寮物語

15】寮フさん

「古く、汚く、キテレツ……それでも彼らは、自分たちの居場所を守ろうとした」。明治、大正、昭和の昔から、著者が過ごした1990年代、そして廃寮までの駒場寮の歴史とそこに生きた学生たちを描くノンフィクション『東大駒場寮物語』(KADOKAWA)が12月10日(木)発売となります。本連載では、その一部を抜粋してご紹介していきます。

 多くの学生寮では、電話の前にずっとつきっきりで、電話の応対をするための当番はいない。代表電話がかかってくると、近くにいる人が出て、相手方から用件を聞き、必要があれば寮内放送でアナウンスし、寮生を呼び出す、というシステムが多い。

 駒場寮の場合は寮生数が多く、電話も3回線あるので、電話当番が必要だった。しかし昼間は、寮生は講義に出ている(ということに一応はなっている)。そこで、寮務室で電話番や、その他、郵便物の受け取り、仕分けや、訪問者の対応など、いろいろな業務をしてくれる、受付的な業務を担う人が必要となった。

 多くの寮では、食事を作ったり、いろいろな雑務をしたりする、「寮母」という立場の人がいる。駒場寮には、「寮母」はいない。代わりに、前述の業務を担当する人を、「寮フ」と呼んだ。漢字を当てれば、男性の場合は「寮夫」、女性の場合は「寮婦」であろうが、ジェンダーフリーで「寮フ」という表記になった。同様の例として、寮食堂の従業員は「炊フ」だった。寮フも炊フも、基本的に長い間、寮の自治会費の会計の中から、賃金が支払われていた。

 1956年末、当時の寮委員会が新聞広告で寮の新任の受付係を募集したところ、二百数十名もの応募があった。寮委員会はその全員と面接をして、選考した。その結果、門野ミツエさんを採用することに決まった。当時の寮報には、門野さんのあいさつが残されている。

<名誉ある本寮の皆さまにほんの僅かでもお世話申上げられますことは誠に光栄と存じます。未熟な者でございます為一千人寮生の皆々様の御希望通りお尽し出来ますか!! 至って疑問の所ではございますが凡て委員会の方々の御教示を尊守して今後働かせていたゞきます。(「駒場寮報」1957年1月31日号)>

 門野さんにはこの後、数えきれないほどの寮生たちがお世話になった。寮生たちの思い出話には、門野さんの名が登場することが多い。

 門野さんは、約三十五年寮フを務めた後、90年に引退した。

 私が駒場寮にいた頃には、その後任として、門野さんの妹の渡辺繁子さんが寮フを引き継いでいた。田舎から送られてくる、食料の詰まった段ボール箱を受け取りに行くのが遅くなると、

「松本さん、早く来ないと食べますよー」

とアナウンスされた。

寮勤


松本博文『東大駒場寮物語』(KADOKAWA)、12月10日発売!
中川淳一郎氏との刊行記念イベント
「本では書けない駒場寮のキワドい話」@下北沢B&B、12月24日開催!


オオスキトモコさんによる、廃寮直前の駒場寮の写真集、発売中!

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東大駒場寮物語

オオスキトモコ /松本博文

ムツゴロウ、野田秀樹、堀江貴文、小池龍之介など様々著名人が巣立った日本最古の大学寮は、著者が入学した93年には廃寮計画が進められていた。寮にまつわる数多の史実を交え描く、筆者たちの実録青春記。

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コメント

cafe_petit 自らの居場所を守ろうとした学生たちを描く、哀愁の青春ノンフィクション! 2年以上前 replyretweetfavorite

cafe_petit 自らの居場所を守ろうとした学生たちを描く、哀愁の青春ノンフィクション! 2年以上前 replyretweetfavorite

hal_83 |松本博文 @mtmtlife /オオスキトモコ @cafe_petit はやくこないと食べますよー https://t.co/zwDxlm6NJR 2年以上前 replyretweetfavorite