りこんのこども」の、母。—序章

いまや「よくある話」になっている離婚問題。大人の事情で語られることは多いけれど、親の離婚を体験した子供たちは、何を考えているのでしょうか。自身も離婚を経て二人の子供を育てているエッセイストの紫原(家入)明子さんが、子供たちの思いや現代の多様な家族の形に迫ります。連載「家族無計画」で、男女や家族間の問題に鋭く切り込み、注目を集めてきた明子さん。新連載がはじまります!!

私は現在33歳、2児の母。
今でこそ独身だが、過去には一度結婚していた。

私が離婚したのは長男が11歳、長女が8歳のときのことだった。
この時点で私たち夫婦はすでに3年ほど別居状態にあったが、その日、元夫はたまたま別の用で我が家にやってきていた。不思議なもので、話の流れで急に「もういいか」という気持ちになったのだ。それで、離婚することが決まった。夜のうちに必要な調整を進め、子供達には翌朝一番に告げた。起き抜けのところに少々可哀想な気もしたが、当時元夫は仕事に追われており、スケジュールの都合上やむを得なかった。

「そもそもパパとは一緒に暮らしていなかったし、離婚したからといって生活は何も変わらない」「生活費も変わらず入れてくれるそうだ」「念書も書いてもらったからこれで安心」そんなことを、私は子供達に懇々と説明した。しかし子供達は、やはりどこか渋い顔をしている。そりゃそうだ。私の幼少期を思い出してみても、もし両親が離婚したらと想像して、それだけで不安になって泣いたりした。両親は子供の前で一度だって喧嘩したことのない、円満そのものの二人だったにもかかわらずだ。子供達の気持ちを推し量ると、なんとも言えない気持ちになった。

……すると夫が言った。
「よし。何か欲しいものを買ってあげよう」
これを聞いた子供達は途端に晴れやかな顔をして「わかった!」と即答。まさかの決め手で私達の離婚は承認された。

とはいえ、こうなるまでには前述したような長い別居生活が背景にあったし、また別居にいたる経緯、我々両親の状況なども、折にふれて子供達に説明していた。もちろん、決して全てをあけすけに伝える必要はないと思ったので内容や伝え方にはある程度慎重になったけれど、そもそも同居していた頃から元夫は、突然失踪して音信不通になるというような行為を繰り返していたので、言わずもがな、という部分もあった。薄々わかってはいたのだろう。

「離婚はのむが、すぐに公表はしないでほしい」というのが、子供達から提示されたたった一つの条件だったので、私も夫もしばらくの間、離婚の事実は公にせず、お世話になったごく近しい人にだけ、あるいはどうしても必要な場合にだけ打ち明けるにとどめていた。しかし1年以上経って、日常的な会話の中で子供達から「あ、ママはバツイチか」「ママ、化粧濃いけど男でもできたの?」などという冗談が飛び出すようになった。離婚した直後なら、私も子供達も、意識的に回避していたような話題だ。両親の離婚が、自分たちの日常を致命的に変えるものでないということを、ようやく実感してくれたのだと感じた。

タイミングよくその頃、ここcakesで、家族を題材としたエッセイの連載(「家族無計画」)を始めることとなった。それにはどうしても前提として、筆者である私の現在の立ち位置を明らかにする必要があり、子供達の承諾を得た上で、離婚している事実を公表した。


健全な生活を取り戻すためのポジティブな施策「離婚」

驚いたことに連載が始まってみると、「実は私も最近離婚したんです」「現在離婚準備中です」と友人、知人、友人の友人などから次々に打ち明けられるようになった。

現在では日本の夫婦の3組に1組が離婚しているというが、それまでの日常生活において、その数字をリアルに実感することはなかった。私の周りの多くの夫婦は、なんだかんだ言って円満な夫婦生活を維持しているように見えた。しかし自分が離婚経験者となり、それを公にしたことで、離婚は一般化しているものの、まだまだ表に出にくい話題であるということもまた、あらためて実感した。

一人の人と結婚をして、10年、20年、30年と、死ぬまで円満な夫婦関係を維持できるのであればもちろんそれに越したことはないのだ。しかし私たちはただでさえ飽きっぽく、折に触れて新しい刺激を求めずにはいられない。また、時代の空気が変容する中で、結婚したときと同じ気持ちを、その後永遠に持ち続けるのは、決して容易なことではない。その上で、必ずしも無理して困難な結婚生活の維持に努めずとも、男女ともになんとか(十分にとは言わないけれど、なんとか)生きていける時代になってきている。

私自身、時間がたって、自分の結婚を冷静に振り返ることができるようになった今、よく10年以上続いたな、というのが一番の素直な感想である。ジム通いも、毎日書くと決めた日記も、玄米ご飯も、3日で飽きて放り出したというのに、だ。

結婚してみて「やっぱり違うな」という事実に直面する、あるいは時間の経過とともに関係性が変化するというのは当たり前のことであって、軌道修正を試みてうまくいく場合もあれば、うまくいかない場合があるのも当たり前のことだ。で、うまくいかない場合に共同生活を諦める、というのもまた当たり前の選択としてあっていい。試行錯誤を繰り返し、それでもどうしようもないという苦しい状況下で、離婚とは、健全な生活を夫と妻が再び取り戻すための、極めてポジティブな施策であると私は思う。

離婚に至るまでの日々の中では、死にたくなるほど苦しい状況もあったし、何日も泣いて過ごしたりもした。不思議なことに、好き勝手やっているように見えた元夫も、当時はどこかずっと不幸そうな顔をしていたように思う。離婚した今になってようやく、私も元夫も、健やかに暮らせるようになった。


子供達は何を見ているのか

一般的によく言われることではあるが、今となっては、あんなに我慢しないで早く離婚すればよかった、という気持ちもないではない。けれどもそうしなかった第一の理由は、やはり子供たちの心情であった。できることなら私は、子供達が子供のうちに、決定的な喪失を体験させたくなかった。結果としてその望みは叶わず、子供たちの日常から父親は失われた。父親はたまにやってくるよその人になってしまった。

親だって必ずしも完璧じゃない、親だって弱いということを、私は子供たちに話した。本人の意思とは関係なくこの世に生を受けた小さい子供に、その理解を強いるのは身勝手なんじゃないかと繰り返し自問自答もしたけれど、「被害者意識」という最も厄介な呪縛にとらわれず彼らが育つために、必要なことだと思ったのだ。現在、私の目から見て子供達は子供達なりに現実を受け入れ、うまく消化しているように見える。しかし本当のところはわからない。親である私の身勝手な理解に過ぎず、思っている以上に大きな負担をかけているかもしれない。あるいは逆に、思っているよりもっとライトに受け止めてくれているかもしれない。

あるとき、お世話になっているcakesの加藤貞顕氏を通じて、マガジンハウスの鉄尾周一氏より、今回の企画「りこんのこども」のお話をいただいた。趣旨としては、親の離婚を経験している子供達に、そのとき何を思い、今どう考えているのかを取材するというものだ。

正直にいうと私は最初、怯んだ。今回取材対象となるのは子供達である。彼らにとって両親の離婚はごく最近の出来事であって、それに付随する体験というのは、現在進行形の日常の中にある。両親の離婚によって仮に、心に何かしらの傷を負っているとしたら、その傷はまだ新しいもの。一歩間違えば、出来たばかりのかさぶたをはがしてしまうことにもなりかねない。

しかし、怖い、と思うのと同時に、私にはこれをやるべき責任があるとも思った。私たち親はつい、子供達を、いつまでも親の元で庇護されるべき特別な存在と考えてしまう。けれどもひとたび「親」と「子」という関係性を差し引いてみると、彼らは同じ社会で大人とともに生きている、人格を持った一個人である。大人に比べて、与えられた権利や自由、思いを吐露する機会が極端に少ない、個人なのである。

無数にある選択肢を前にしばしば戸惑い、奔走する大人たちを間近で見つめ、ときに振り回されながら生きる子供達。離婚という親の選択が彼らにどう影響し、何を思わせるのか。大人として、離婚を選択した母親として、真摯に耳を傾ける必要があると思ったのだ。

かくして企画はスタートしたが、当然ながら取材にあたっては、子供と親御さん、双方の合意を得ることが大前提だ。話を聞かせてくれる親子を探すのは容易なことではなかった。両親の離婚に付随する体験を、自分の言葉で語ることのできる子供となると、年齢も限られている上に、やはりある程度経験を消化できている必要もある。けれど、そんな中でも取材を快諾し、話を聞かせてくれた子供達は、大人が自分の話に興味を持ち、取材しにやってくるという非日常的な状況を、少なからず楽しんでくれているように見受けられた。子供だって、大人と同じように、抱えている思いを吐露したいのかもしれない。取材にあたっては、決して無理に子供たちの心を開かせるようなことはしたくないと思っていたが、思いがけない彼らの反応に内心とてもほっとした。

今回、取材した子供たちの話は、プライバシー保護のために一部、本筋とは関係のない部分に脚色を加えた上で、一話につき一家庭のエピソードを、物語のような体裁でまとめている。何しろ子供たちだって大人と同じように、家庭の中だけで生きているわけじゃない。幼稚園や学校、家庭の外の世界との繋がりを持って生活していて、それは親が離婚しようがどうしようが続くのだ。だからこそ、日常の風景を切り取るように描くことで、取材中、彼らが私に話してくれた言葉の真意を、より正確に、読者の皆さんに伝えられるのではと考えた。

取材を通じて私自身がどんな感想を持ったか、今ここで詳細に述べることは避けたい。ただ一つ願わくば、子供たちの境遇を決して、良し悪しで定義しないでほしいのだ。家族の形に正解なんてない。親の離婚を受け入れた子供たちのありのままの思いを、読者の皆さんにも受け入れていただければと思う。


★第1話「リョウとアヤ」(前編)は、11月17日に公開予定です。
★現在、「りこんのこども」の取材にご協力くださるご家族を募集中です。
お話をきかせてくださる方・ご関心のある方は、専用フォームからご連絡をお願いいたします。

(タイトルデザイン:albireo)

この連載について

りこんのこども

紫原明子

いまや「よくある話」になっている離婚問題。大人の事情で語られることは多いけれど、親の離婚を体験した子供たちは、何を考えているのでしょうか。自身も離婚を経て二人の子供を育てているエッセイストの紫原(家入)明子さんが、子供たちの思いや現代...もっと読む

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コメント

sharuka0 というようなことを 1年以上前 replyretweetfavorite

reiko_kmd こちらの連載からも読めます⇨ 約3年前 replyretweetfavorite

consaba 紫原明子「私は現在33歳、2児の母。今でこそ独身だが、過去には一度結婚していた。」 3年以上前 replyretweetfavorite

yuya_presto 連載の背景、複雑な思いが書かれてた >> 4年弱前 replyretweetfavorite