東大駒場寮物語

4】牧野寮委員長

「古く、汚く、キテレツ……それでも彼らは、自分たちの居場所を守ろうとした」。明治、大正、昭和の昔から、著者が過ごした1990年代、そして廃寮までの駒場寮の歴史とそこに生きた学生たちを描くノンフィクション『東大駒場寮物語』(KADOKAWA)が今冬発売となります。本連載では、その一部を抜粋してご紹介していきます。


(写真:オオスキトモコ)

 寮の新歓コンパにおけるビンゴの景品の3等が、ノート4年分(イコール一冊)だったのは前述の通りである。では1等賞は何かといえば、一日寮委員長の権利だった。誰がゲットしたのかはもう覚えていないが、私にはそちらの方が、ノート4年分よりも、はるかに価値がありそうに思われた。

 駒場寮の運営を担っているのは、二十人前後の寮生で構成された、寮委員会である。任期は4か月で、トップの寮委員長は、全寮生の直接投票による選挙によって決められる。教養学部の学生自治会の委員長が「キャップ」と呼ばれるのに対して、駒場寮委員長は「ボス」と呼ばれていた。北寮14Sの寮委員長室、通称「ボスルーム」には、選挙で当選した寮委員長が住み込む。ボスはえらいから特権的に一部屋与えよう、という趣旨ではなく、何か起こったときに、ボスを捕まえやすくするためである。

 マッキーをはじめとする多くの寮委員長経験者たちは、

「寮委員長になると睡眠時間が増える」

と証言している。仕事と責任が増えて消耗し、その疲れと、現実逃避とで、寝ている時間が増えるのだという。そして昔からだいたい、寮委員長は留年するものと、相場が決まっていた。

 私が入寮した93年春の寮委員長は、マッキーこと、牧野祥久さんだった。戦後、大学制度が新しくなった1949年以来、マッキーはのべ129人目の寮委員長にあたる。

 93年当時、大学2年目のマッキーは、すでに24歳だった。マッキーは都立豊多摩高校を、下から数えた方が早い成績で卒業した。その後は進学もしなければ就職もせず、実家に住みながら、バイトをして暮らしていた。バブル景気末期の90年頃には、バイト仕事は山ほどあった。ガードマンや交通誘導を、昼夜昼、一日半連続というシフトで入れ、立ったまま寝ていた。

 ちょうどその頃、マッキーの2歳上の長兄が東大を受験した。長兄は卒業後すぐに就職して、大学受験などはしなかったのだが、受験してみると東大理Ⅱに合格した。1歳上の次兄は国立大の医学部に進んでいる。マッキーは兄たちを見て、「なんだ、自分にもできそうだ」と思った。

 マッキーは予備校に行って講師の話を聞いていても何も身につかないタイプだったので、参考書を買ってきて独学することにした。92年に理Ⅱに合格したとき、マッキーは23歳だった。高校卒業から5年が経っていた。

 それまでずっと親元で暮らしていたマッキーは、大学入学を機に、外に出ることにした。学費も生活費も全部自分が負担する。貯金は200万円ほどあったが、普通にアパートを借りて暮らしていては、すぐに消えてしまう。そこで、駒場寮に入ることにした。「自分のように制度からこぼれ落ちているような人間にとっては、ありがたい存在だと思った」とマッキーは言っていた。

「駒場寮は確かに古い」とマッキーは思った。しかし、「汚い」とは思わなかった。それぞれの部屋で、ゴミ屋敷のようにして暮らすのも、きれいにして暮らすのも、それぞれの自由である。寮全体が古いから汚い、というわけではない。少なくとも、自分が生活していく上で衛生的に問題があるわけではない、と思っていた。

 マッキーは入寮後、他の新入寮生と同じように、部屋回りをして、入る部屋を見つけることにした。しかし、昼間は部屋にいない寮生が多い。最初は中寮5Sの新入寮生3人部屋にいたが、後に中寮13Bに移った。先人は文Ⅰと理Ⅰの2年生だった。後に文Ⅰ生の方は、寮を出て行った。そこで一人分のスペースができたわけだが、台湾からの留学生から、同じ台湾人が困っているので、部屋に住まわせてやってほしい、と頼まれた。詳しい事情もよく聞かずに引き受けた。当然、東大生だと思っていたのだが、一緒に生活していくうちに、どうやら違うのではないかと思った。どうも出稼ぎ労働者だったらしい。そのうちに、入管当局から、台湾に強制送還された。留学生がらみの話は、予想外の展開を見せるという一例でもある。

 寝たきり寮生



松本博文『東大駒場寮物語』(KADOKAWA)、12月10日発売決定!


オオスキトモコさんによる、廃寮直前の駒場寮の写真集、発売中!
併せて駒場寮のミニ写真展を11月21日「デザインフェスタ」@東京ビッグサイトで開催!
(場所は西ホール・A-13になります)

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東大駒場寮物語

オオスキトモコ /松本博文

ムツゴロウ、野田秀樹、堀江貴文、小池龍之介など様々著名人が巣立った日本最古の大学寮は、著者が入学した93年には廃寮計画が進められていた。寮にまつわる数多の史実を交え描く、筆者たちの実録青春記。

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cafe_petit 自らの居場所を守ろうとした学生たちを描く、哀愁の青春ノンフィクション! 4年以上前 replyretweetfavorite

cafe_petit 自らの居場所を守ろうとした学生たちを描く、哀愁の青春ノンフィクション! 5年弱前 replyretweetfavorite

cafe_petit 自らの居場所を守ろうとした学生たちを描く、哀愁の青春ノンフィクション! 5年弱前 replyretweetfavorite

cafe_petit 駒場寮の歴史を、残された資料と、松本さんの思い出を通して描くノンフィクション!私は写真でお手伝いしております 5年弱前 replyretweetfavorite