第3回】検索の時代からパーソナルソーティングの時代へ。

前回はデジタルコンテンツを選んだ理由について語ってくれた加藤さん。いよいよ今回、話題は cakes のサービスへと及んでいく。そこで飛び出したのは「検索ではほしいものが見つからない」という不可解な言葉だった。cakes がめざす斬新なサービスの秘密は、このひと言に隠されている。

もっとクリエイターを大事にしよう

— 出版業界で長年抱えてきた不満とは?

加藤 要するに、「もっとクリエイターを大事にしようよ」ってことですよ。たとえば、ほぼ一律10%になっている著者印税も、低すぎると思うんですよね。

— 10%の妥当性はともかく、一律って状況はおかしいですね。

加藤 詳しい話をするなら、初版については出版社側がそれなりのリスクをとっているわけなので、10%でもかまわないかもしれません。でも、どんなに売れても10%止まりというシステムはもうちょっとなんとかできるんじゃないかなと思うんです。

— 初版の1万部と10刷目の1万部とでは、製作コストも違いますからね。

加藤 それから、著者の方はまだ印税があるだけ救われているけど、デザイナーやイラストレーター、カメラマン、ライターといった方々はもっと大事にされるべきでしょう。あと編集者もそうですよね。

— それはほんとうにそう思います。装丁、装画、イラスト、写真、DTP、そしてもちろん編集者と、あらゆる要素が組み合わさって1冊の本ができあがるわけですから。たとえば『もしドラ』にしても、あの装丁じゃなかったらあれだけのヒットが実現できたかどうかわかりませんよね。

加藤 そうなんです。でも、いまの出版の仕組みでは、彼らの貢献に十分報いるのはむずかしいところもある。ぼくも会社員時代にいろんなアイデアを出して新しい仕組みづくりに動いてみたんだけど、最終的には実現できないことも多かったんですよね。

— それがデジタルだったら実現できるわけですね。

加藤 うん。実現できるし、実現しなきゃいけないと思っています。紙の仕組みをそのままデジタルに移行するんじゃなくって、まったく新しい仕組みを構築してね。

— ちょっとこのへんで、いままでの議論をまとめておきましょうか。  まず、加藤さんは電子書籍プロジェクトに関わることで「紙からデジタルへ」の置き換え作業に疑念を抱くようになった。印刷物というデバイスに最適化されたコンテンツを、そのままデジタルに移行すると、どうしても不具合が出てしまう。今後は「紙からデジタルへ」ではなく、「最初からデジタル」のコンテンツが必要だと考えた。そうすれば、従来の〈本〉では対応できなかったニーズにも応えられるし、まったく新しい市場を創出できる、と。  

加藤 はい。

— 紙の本でもなければ、いわゆる電子書籍でもない、まったく新しいデジタルコンテンツ。そのキーワードとなるのが「短い本」だと。

加藤 そうですね、ほんとうは「短い本」に変わる新しい言葉がほしいんだけど、いまの段階ではわかりやすさ優先でそう呼んでいます。
 やっぱり、デジタルでは短さってかなり重要なんですよ。たとえば、友達が YouTube の動画をオススメしてくれたとする。ところが、URL をクリックして飛んでみると、全部で30分もある動画だと判明する。古賀さん、これ見ます?

— よほどのことがないかぎり見ないですね。10分のクリップでもあやしいかも。

加藤 テレビの30分番組は短く感じるのに、YouTube の30分は途方もない長さに感じてしまう。これはみんな実感してるデジタルの属性じゃないかな。

コンテンツが埋もれるインターネット空間

— ひとつ疑問なんですが、デジタル環境にマッチした「短い本」をたくさんつくって、それを AppStore で販売するようなかたちではダメだったんですか? どうして今回のように自前のサービス(cakes)を起ち上げることになったんでしょう?

加藤 ああ、そこを説明してなかったですね。じつは、電子書籍に取り組んだとき、もうひとつ大きな発見があったんですよ。発見というべきか、落とし穴というべきか。

— どういうことでしょう。

加藤 AppStore でもその他の ウェブサービスでも、とにかくオンラインでコンテンツを売るときって、「売り場」がめちゃくちゃ狭いんです。

— はい?

加藤 AppStore なんかはわかりやすい例だけど、お店の「陳列棚」に並べてもらえるのはランキング上位の超売れ筋商品だけなんですね。ランキングに食い込まなければ、その商品は存在しないにも等しい。これは一般的なニュースサイトにも言えることなんだけど、インターネットって想像以上にコンテンツが埋もれやすい空間なんですよ。

— ああ、たしかに AppStore はそうだ。

加藤 せっかくのおもしろいコンテンツが、玉石混淆の情報のなかに埋もれてしまう。だからこそ検索サービスや RSS に人気が集まるわけですが、ぼくは検索だけが正解だとは思わないし、もっといいアプローチがあると思っています。

— ちょっと待ってください。そもそも、どうしてコンテンツが埋もれちゃうんでしょう? どうして「売り場」が狭いんでしょう?

加藤 それは簡単な話で、パソコンやタブレット、スマートフォンの画面が物理的に狭いからですよ。デスクトップのパソコンでもせいぜい数十センチ四方ですから。
 街の書店の本棚に何百冊もの本が収まるのは、ひとえに本棚が大きいからでしょ? しかも大型書店だと、その本棚を何十個・何百個と並べることができる。
 デジタルコンテンツを提供するにあたって最大の欠点となるのは、この「物理的な狭さ」と「一覧性の乏しさ」なんです。

— なるほど、そうなるとただ「短い本」をたくさんつくって売りに出せばいい、というわけにはいかなくなりますね。

加藤 そう、クリエイターのつくったコンテンツを、いかにしてユーザーに届けるか。どうすればコンテンツが埋もれずにすむか。

— ということで、この cakes なんですね。

加藤 うまくつながりましたね(笑)。
 でも真面目な話、ここまで挙げてきたようなデジタルコンテンツの持つ可能性を最大限にいかしつつ、同時にデジタル特有の課題も解決する、うまい仕組みが作れたんじゃないかと思っています。

cakes が提案するパーソナルソーティングとは?

— まず、この cakes は、たくさんのデジタルコンテンツが集まった有料メディアサイト、という理解で大丈夫ですか?

加藤 そうですね、読者側から見るとそういう理解で問題ないと思います。

— これまでにもニュースサイトやオンラインマガジンの類はたくさんありました。きっと「いまさらオンラインマガジン? しかも有料で?」と不思議に思っている読者も多いでしょう。既存のメディアサイトと cakes はどこが違うんでしょう?

加藤 違いはけっこうたくさんあるんですけど、まずは読者側の話からしましょうか。
 先ほどインターネットの欠点として「コンテンツが埋もれる」という話をしましたよね? そして埋もれたコンテンツを拾い集めるために検索や RSS などのサービスがある、と。

— はい、僕も情報を探すときには検索を使いますし、お気に入りサイトについては RSS リーダーに登録しています。

加藤 でも、検索によって「読みたいもの」を探すのって、かなりむずかしいんですよ。

— それは 「and 検索」とか「 or 検索」とか、そういう IT リテラシー的な話ですか?

加藤 もちろんそれもあります。それなりの検索技術がないと、ほしいコンテンツにはたどりつけない。ただ、もっと根本的なところでいうとね、「ぼくが読みたいもの」って、「ぼくがまだ読んだことのないもの」なんですよ。

— ぼくが読みたいものは、ぼくがまだ読んだことのないもの?

加藤 たとえば、AKB48ファンの男性が検索を使って、AKB48関連の情報を手に入れる。ここにはなんの問題もありません。でも、彼が「これから好きになるもの」や「もしかしたら好きなもの」について、検索だけでたどり着くのはむずかしい。
 だってそうですよね、「これから好きになるもの」なんて自分ではわからないし、自分でわからなければ検索することもできないわけだから。

— いわば無意識とか潜在意識の部分ですから、検索はできませんね。

加藤 そこでぼくは、これからのインターネットは「パーソナライズ」と「ソーティング」がキーワードになると思っているんです。
 ほら、Amazon で買い物をすると「この商品を購入したお客様はこれも買っています」みたいな感じでオススメ商品を表示してくるでしょう。個人の購入履歴や閲覧履歴を元に「だったらこれもいかがですか?」って。これはパーソナライズのいちばんわかりやすい例です。YouTube なんかでも一部導入されていますよね。

— ソーティングというのは?

加藤 簡単にいえば「並べ替え」です。たとえば、一般的な検索サイトで調べものをするときって、ぼくが調べても古賀さんが調べてもほぼ同じ検索結果が表示されますよね? もちろん、普通に調べものをするときだったらそれでいいんですよ。消費税について調べるとか、歴代の総理大臣について調べるとか。
 でも、コンテンツにかぎっていえば、ぼくと古賀さんとでは違う検索結果が出てほしい。だって、ぼくと古賀さんとでは好みが違うわけだから。ぼくは将棋が好きで、古賀さんはサッカーが好き、みたいにね。

— つまり、個人の好みを汲み取って(パーソナライズして)コンテンツを並べ替える(ソーティングする)わけですね。

加藤 そうなんです。 cakes は会員制の有料サイトなので、ログインしてからコンテンツを読んでもらうことになります。すると、その人の閲覧履歴を独自のアルゴリズムによって解析し、「こんな記事も好きかも」「こっちにも興味あるかも」とオススメのコンテンツを上のほうに表示するようになっているんです。
 読めば読むほどその人の好みがわかってオススメの精度は上がっていくし、コンテンツが埋もれることもなくなる。本人にとってどうでもいいコンテンツは上がってこないから、ノイズやストレスも少ない。
 読者は自分が読みたいコンテンツに出会えるし、クリエイターは読んでもらうべき人にコンテンツを届けられる。自分の大切なコンテンツが、埋もれてしまうこともなくなる。いわば、読者とクリエイターの〈出会い〉を演出する場、ということですね。

— じゃあ、僕が見る cakes のトップページと、加藤さんが見る cakes のトップページでは、記事の並びや大きさがぜんぜん違うわけですか?

加藤 そう。「あなただけの空間」がそこにはある。高精度のパーソナライズとソーティングを実現するために、世界的な天才統計学者にもチームに入ってもらって、かなり画期的なアルゴリズムを組み込むことができました。ここについては、とてもいいものができたとぼく自身、興奮しています。
 ただ、読者の立場からするとそんな技術的な話は関係ないし、それを意識させちゃダメなんですよね。要するに「いつでもおもしろいコンテンツとの〈出会い〉が待っている、超おもしろいサイト」ということです。

— 読者とコンテンツの〈出会い〉か。……なるほど、このシステムって『もしドラ』と同じ構造なんですね。

加藤 ん?

— あれって高校野球の女子マネージャーが、ふとした偶然からドラッカーの『マネジメント』に出会って人生が変わっていく話じゃないですか。
 要するに cakes ってのは、野球部を強くしたいと思ってる女子マネージャーに対して「じゃあ、ドラッカーの『マネジメント』読んでみたら?」と提案してくれる場所と考えればいいんですね。

加藤 あー、そうそう。そのイメージはわかりやすいです。やっぱりね、人やものを好きになることの醍醐味って〈出会い〉にあると思うんですよ。

— 運命的な出会いとか、偶然の出会いとか。

加藤 その運命とか偶然にゆだねられていた〈出会い〉の喜びを、最先端のアルゴリズムによってうまくセッティングしてあげたいんです。

(次回へ続く)

 

加藤 貞顕(かとう・さだあき)
ピースオブケイク代表取締役CEO・編集者。アスキー、ダイヤモンド社で雑誌、書籍、電子書籍の編集に携わる。おもな担当書は『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』『スタバではグランデを買え!』『なぜ投資のプロはサルに負けるのか?』『英語耳』など。独立後、2011年12月に株式会社ピースオブケイクを設立。コンテンツ配信サービス cakes の正式オープンに向けて準備中。
個人サイト http://sadaakikato.com/
会社サイト http://www.pieceofcake.co.jp/

インタビュー
古賀 史健(こが・ふみたけ)

フリーランスライター。1973年生まれ。一般誌やビジネス誌で活動後、現在は書籍のライティング(聞き書きスタイルの執筆)を専門とし、実用書、ビジネス書、タレント本などで数多くのベストセラーを手掛ける。臨場感とリズム感あふれるインタビュー原稿にも定評があり、インタビュー集『16歳の教科書』シリーズ(講談社)は累計70万部を突破。2012年、初の単著となる『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)を刊行した。
ブログ「FUMI:2」も随時更新中。 http://www.office-koga.com

写真

公文 健太郎(くもん・けんたろう)
フリーカメラマン。1981年生まれ。自由学園卒業 (ポレポレタイムス社所属) 。1999年植林活動でネパールを訪れたことをきっかけに、以来8年に渡ってネパールカブレ地区の農村を尋ね、撮影活動を行う。現在はフリーカメラマンとして、雑誌・書籍の撮影を手掛ける一方で、国内外の被写体 をテーマに作品制作中。2012年、日本写真協会新人賞。
オフィシャルサイト http://www.k-kumon.net

ケイクス

この連載について

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cakesが見つめる「普通」の未来

古賀史健

 数年来の友人でもある加藤貞顕さんから独立の話を聞かされて以来、一度正面からインタビューしたいと思っていた。加藤さんといえば、社会現象にもなった『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海著/ダ...もっと読む

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