美談に不純物を混ぜ込み、見えなくしてしまうまやかしの説明だったとは、彼に言ってほしくなかった。

歯車がずれていったのはいつからだったのだろうか……。
夫であるリチャードに対して、洋子が疑問を抱きはじめたのはちょうど子供を妊娠した後のことであった。

 産休に入ると、洋子は、世間の金融業界への批判の高まりを受けて、これまでまともに読んだことのなかったリチャードの学術論文に初めて仔細に目を通した。そして、その幾つかの内容に不安を覚えた。

 経済理論は門外漢で、論文を埋め尽くした複雑な数式の数々を、彼女は必ずしも理解出来なかったが、リチャードが、個人の住宅ローンの焦げ付きの確率を、銀行が企業の不動産取得のための融資の貸し倒れ確率を元に計算し、それを証券化のリスクの根拠としているのは、幾ら何でもおかしいのではないかと思った。そもそも、借金の動機が異なるし、債務不履行に至るプロセスでも、個人の複雑な内面と、法人の経営判断とでは、まるで違っているはずだった。詐欺的な貸し付けという意味では、個人の方が遥かに騙されやすいだろう。実際、そうして優良債権と混ぜこぜにされた返済不能の住宅ローンが、今や世界中にカビの生えたパンのようにばらまかれて、金融市場のあらゆる隅々で食中毒を引き起こしているのだった。

 リチャードは、洋子の指摘に対して、まるで秘密のメールでも覗き見られたかのように激高した。洋子はむしろ、彼のまっとうな説明によって、自分の無知な誤解を訂正し、懸念を払拭したいと願っていたので、その反応に当惑した。言い方が悪かったのかもしれないと謝り、改めて質問したが、落ち着きを取り戻してからも、リチャードの答えは要領を得なかった。

「君はそう言うけど、ノンバンクの個人の住宅ローンの焦げ付きなんて、元々、統計がないんだから仕方がないんだよ。」

 彼らは、お互いの職業を理解していたが、ジャーナリストの仕事の場合、大抵のことが一般人との会話の話題となり得るのに対して、リチャードの方は、自分の専門の込み入った話を洋子にほとんどしなかった。洋子も特に尋ねなかった。

 だから、洋子がリチャードに抱いた好意も、彼の職業とはあまり関係がなかった。その点では、まさしく彼の音楽自体を愛していた蒔野の場合とは違っていた。

 リチャードは、彼が研究している新しい金融商品は、経済的に不遇な人々に、投資先もなく余りに余っている市場のマネーをもたらし、住宅購入費用に当てさせる、非常に合理的な手段なのだと、洋子に説明していた。

「君の家庭みたいに、シングル・マザーで、がんばって子育てをしている人だって、ちゃんと自分の家を買って落ち着いて子育てをすべきだろう? だけど、目の前にそういう人がいても、誰も金を貸さない。彼女が子供を抱えて、一人で立っている姿を見て、返せないんじゃないかと疑ってね。だったら、その姿を見えなくすればいいんだよ。彼らのローンを一まとめにして、支払われる利子に利益というお化粧をしてやって、更に念入りに、もっと確実な債権までくっつけてセット売りにする。そうすると、投資家はお金を出すんだよ。その一人のシングル・マザーの姿が見えないからこそ、安心してね。皮肉な話だけど、これは、富める人と貧しい人とが、数学を根拠に信頼し合い、結び合い、幸せになるための新しい科学なんだよ。貧しい人たちの団結でもある。富める人たちの“強欲”を、慈善に変える錬金術なんだ。君とは違うかたちで、僕だってこの世界を良くしたいと願ってる。君は世界の不幸を告発する。僕は世界を幸福にするシステムの創造に携わっているんだ。これ以上の組み合わせはないよ!」

 洋子は、リチャードの発想に、自分がまったく不案内な世界の新鮮な善意のあり方を見たように感じ、心を動かされた。それは、ネットで検索してたまたま読んだ記事ではなく、他でもない、自分を愛している人間が、自分の生き方として熱意とともに語った話だった。

 洋子はそのことまでをも、美談に不純物を混ぜ込み、見えなくしてしまうまやかしの説明だったとは、彼に言ってほしくなかった。

 しかし、話を聴けば聴くほど、リチャードが、その金融工学の理論と業界の実情とのギャップに無知であったとは思えなかった。知らなかったとしても、学者としては問題があるだろう。しかし、知っていながら業界と癒着し、知らないフリをしていたのだとすれば悪質だった。むしろ、そのギャップを無いかのように見せかける数学的な偽装に積極的に関与していたのだから。—そして、その現実に対し、自分は妻としてどう振る舞うべきか、葛藤するようになった。社会の不正をこれまで厳しく訴えてきた自分は、いざ他人事ではなく、自分の夫の問題に直面した時、それは無かったこととして目を瞑るのだろうか?

 ケンが生まれたのは、リーマン・ブラザーズが破綻した翌日だった。その約二週間後に、ニューヨーク証券取引所のダウ平均株価は、史上最大の七百七十七ドルも下落することになる。

 リチャードは、出産に立ち会えなかったが、病院で洋子の傍らに横たわる、まだ名前もない赤ん坊と対面した時には、発作的な感激に、ほとんど打ちのめされたような面持ちで立ち尽くしていた。洋子は、ベッドからぼんやりと見上げたその彼の表情の複雑な陰影の真実味を、なんとなく愛おしく感じた。そして、涙を浮かべていた彼と微笑みを交わして抱擁した。

 子供は、ケンドリックと名づけられ、洋子自身は、いつも「健やか」という漢字を思い浮かべながらケンと呼んだ。

 洋子は、リチャードが家族に非常に愛されて育ったということを、彼のケンに対する態度を見ていて、つくづく感じた。おむつを替えたり、ミルクを飲ませたりと人並みに育児には協力的で、とりわけ、ベビーバスでの沐浴は自分の仕事だと任じていたが、それ以上に、父親として家族を守るという意識には、力むような拘りがあった。幼時に彼自身が経験した家庭環境を再現したいという強い思いがあり、母性愛に対しては、信仰に近いほど神聖視していた。それについて、洋子に異論があるとは、想像すらしていなかった。リチャードは、洋子の生い立ちを不遇だと思い込んで疑わず、優しく同情していた。

 リチャードの昔からの友人たちは、彼を「マザコン」だとよくからかっていたが、彼の母親にせよ姉のクレアにせよ、洋子には親切で、その限りに於いて、彼女も特に夫のそういう性質を気にしなかった。

 洋子はあの日、日本からフランスに戻った時に、空港にリチャードだけしか迎えに来ていなかったなら、あんな抱擁は交わしていなかったような気がした。自分の中に、クレアが弟を気遣うような家族愛への憧れがあったのは事実だった。そして、畢竟、リチャード自身が持っていたそうした雰囲気にも、あの時にはやはり安らぎを感じたのだった。

 ヘレンと出会ったパーティーは、ケンが丁度、一歳の誕生日を迎えたあとだった。

 その頃から、年が明けて、リチャードに彼女との不倫を打ち明けられるまでの期間を、洋子は、人生でこれまでに経験したことがないほど索漠とした心境で過ごした。

 Jay-Z&アリシア・キーズの《エンパイア・ステイト・オヴ・マインド》が流行っていて、どこに行っても、「出来ないことなんて何もない、あなたは今、ニューヨークにいるのよ!」というサビのフレーズを耳にしたが、後にはそのメロディを聴くだけで、当時のやるせない孤独を思い出させられた。

 どんな土地でも、それなりに溶け込んで暮らすことは得意な方だったが、この時は、イラクにいた時とはまた違った意味で、自分がよそ者であることを身に染みて感じさせられた。そのメロディの微かなペーソスは理解しつつ、合唱する気にはなれない自分の状況が歯がゆかった。

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マチネの終わりに

平野啓一郎

毎日新聞で3月1日より連載を開始した芥川賞作家・平野啓一郎氏の新連載『マチネの終わりに』が、cakesでもスタート! 『空白を満たしなさい』以来、三年ぶりの長篇となる本作のテーマは「恋愛」。文明と文化、喧噪と静寂、生と死、更には40代...もっと読む

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