イ・ゲアン(元ヒュンダイ自動車CEO)
ヒュンダイ・グループといえば韓国を代表する財閥グループであり、世界で一目を置かれるようになりました。これを象徴する出来事が、2009年にハーバード大学のケネディスクールで勉強していたときのこと。当時の私は国会議員としての任期を終えていたので「前職は国会議員でした」と自己紹介したのですが、誰も関心を示さない。けれども、「以前はヒュンダイ(現代)自動車のCEOでした」と言ってみたら、あちこちで歓声が上がったのです。
しかし、現在、韓国では財閥企業に厳しい世論が向けられています。
大韓航空のナッツリターン事件が韓国社会を激震させた
大韓航空のチョ・ヒョナが起こしたナッツリターン事件は韓国国民の財閥企業への怒りを助長しました。
そもそも韓国の財閥企業というのは、日本統治時代から第2次世界大戦の終戦を迎えて、日本人が引き揚げの際に残した帰属財産の払い下げや、戦後復興の際にアメリカから受けた特別な外貨支援などを使ってできたもの。若干批判的に表現すれば、政経癒着の産物です。そこで草創期の財閥業者たちは「事業護国」という言葉を使い、自分たちはお金を稼ぐが、私益を追求するだけでなく、結果的に国家を発展させ、また若者たちに職場を提供して人材を育成すると主張したわけです。実際に財閥企業の肥大化とともに、韓国経済は発展していきました。
しかし、現在の財閥企業の各経営者たちは2~3世に移り、その意志が希薄で、資本の論理に支配されており、国家への貢献という視点が不足しているため、国民が不満を持っているわけです。創業者たちが思い描いたような「事業護国」という概念を持っているようには映りません。
だから、走り出した飛行機を停めるような珍事が起こるのです。
韓国経済発展に影響を及ぼしたもの
1987年、”6.29宣言”、正確には「国民の大団結と偉大な国家への前進のための特別宣言」という民主化宣言が出されました。当時の私はヒュンダイ・グループの中間幹部で、量的にも質的にも生産性が上がり、韓国全体の経済成長にもつながっていく過程を目にすることができました。その過程で、ヒュンダイやサムスンなどいくつかの企業は世界市場の勝者になりましたが、韓国国内にはそれ以上にたくさんの敗者も生まれたわけです。つまり、成功した企業は生まれたものの、韓国経済全体として見た場合、必ずしも成功したとは言えない状態でした。そうした矛盾が民主化宣言から10年の月日が流れた1997年、通貨危機として表面化することになります。
その原因のひとつが、財閥企業の借金経営と過剰投資です。財閥企業の経営は銀行などからの借り入れに依存しており、また大規模な海外進出を図る過剰投資が行われていました。財閥企業の成長が国家の経済発展とつながらない、つまり利益相反が生じ、私の信じていた「事業護国」の精神が打ち砕かれることになりました。
このままいくと、大きな社会混乱が起こるかもしれない。それを防ぐために、韓国政府は経済民主化を成し遂げようとしています。財閥企業に集中する富の偏重を解消しようという政策です。しかし、その政策はまだ前途多難な道にあるのが現状です。
「先生」と「生徒」の関係性が崩壊したその先に
日本では現在、韓国と経済協力しても日本にメリットがないという指摘があると思います。それはその通りでしょう。同じく、韓国にとっても日本との経済協力は一つの悩みでもあるのです。
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