第2回】コンテンツはもっと自由になれる。

前回は『もしドラ』の誕生から独立までを語ってくれた加藤さん。今回のテーマは、デジタルコンテンツだ。デジタルのどこに魅力を感じ、可能性を見出したのか。今回のインタビューを読むと「紙 VS 電子」的な発想がいかにナンセンスなものか、わかっていただけると思う。

普通に使える、普通のものがほしかった

— その「企画の出発点」というお話、もう少し詳しく聞かせてください。

加藤 ぼくが企画を立てるとき、出発点にあるのはいつも「不満」なんです。

— 不満?

加藤 たとえば、手帳なんかがわかりやすいかな。
 会社員時代、毎年いろんな手帳を試していたんだけど、どれもいまいち物足りなかったんですよ。一覧性が高くて見やすいのはバーティカルタイプ(時間が縦、曜日が横に並んだタイプ)だけど、それだと余白が少ないとか。あとはサイズが小さくて予定が書き込みづらかったり、カバーが安っぽくておしゃれじゃなかったり。
 そんな不満がたまりにたまって、100ます計算で有名な陰山英男先生と一緒に『陰山手帳』という手帳をつくることになりました。
 ぼくの立てる企画って、そんなところからスタートすることが多いんですね。

— ないなら俺がつくる、と。

加藤 そう。なにか特別にすごいものをつくりたいわけじゃなくって、普通に使える普通のものがほしいだけなんですよ。でも、意外と「普通」がない。

— なるほど。ということは、デジタルコンテンツの世界にも「普通」がなかったんですね?

加藤 そうなんです。また話が『もしドラ』当時に戻るけど、2010年の4月に会社(ダイヤモンド社)で電子書籍への対応について話し合いが持たれました。ちょうどiPadが発売されて「電子書籍元年」とか騒がれた年ですね。それで、たまたまぼくがコンピュータに詳しかったこともあって、デジタル化プロジェクトチームで書籍部門の担当者に選ばれたんです。

— 2010年といえば、前の年に Google ブックスの著作権が話題になったり、アメリカの Amazon も新型の Kindle を立て続けに出していたときですよね。

加藤 そうそう、あのころです。僕個人は電子化の流れは避けて通れないと思っていたし、着手するのも早ければ早いほどいいと思っていました。それでちょうど『もしドラ』が数十万部というところまできていたので、『もしドラ』の電子化に踏み切ったんです。

— 周囲の反対はありませんでしたか?

加藤 それがダイヤモンド社ってすごく前向きな会社で、『もしドラ』の本を売るときもそうでしたが、社員が一丸となってがんばるんですよね。だから電子書籍についても、チームのみんなですごく一生懸命つくって売りましたよ。
 ただ一方、業界全体を見ると、当時はまだ様子見の意識が強くて、売れ筋コンテンツの電子化に消極的なところがありました。でも、売れそうにない本を電子化して「やっぱり電子は売れないね」と片づけるのは、あまりにもったいないでしょう。売れている本を電子化してこそ、マーケットの分析もできるわけで。

— たしかに「電子化したら紙の本が売れなくなる」という危機意識は、いまも根強く残っていますね。

加藤 もっと大変だったのは、当時スマートフォン用のリーダー(電子書籍ビューワアプリ)って、まともなものがなかったんですね。どれも使いづらかったり、ほしい機能が足りなかったりする。せっかくすばらしいコンテンツがあるのに、それを載せるリーダーがないんです。

— ああ、またも「普通」がないことへの不満だ。

加藤 そうそう。けっきょく、フリーランスのエンジニアの高山恭介さんという方にご協力いただいて、リーダーそのものを自社開発することにしました。『DReader』(現『BookPorter』)というリーダーです。

— それは気の遠くなる作業だなあ。よくやりましたね。

加藤 しかも、紙の『もしドラ』は税込1680円なのですが、電子版は半額の800円に設定したんです。いちばんむずかしかったのは、ここだったと思います。営業部長が全面的に協力してくれたおかげで実現できたけど、いろんなところからお叱りを受けましたね。
 ただ、ひとりのユーザーとして考えると、紙と電子が同じ値段で売られてるという状況は、ちょっと違うんじゃないかなあと思ったんですよね。空気が読めないとよくいわれるんですけど(笑)

— 各方面からの苦情や反発、想像するだけで胃が痛くなりそうです(笑)。

加藤 だって iPhone アプリとして販売する以上、数十円から数百円のゲームや語学アプリと競い合うわけですよね? それどころか、無料のアプリすら充実してる。iPhone アプリ側の「空気」として、1000円以上の書籍のアプリなんてありえないんですよ。RPGの『ファイナルファンタジー』でも500円しないわけですし。

— なるほど、競合するのは他の本というより、むしろゲームや実用系のアプリになるんですね。その視点はなかったなあ。

加藤 そんな感じで、紆余曲折ありながらも「売れ筋のコンテンツ」を「読みやすいリーダー」に載せて、「買いやすいプライス」で届ける、という本来あるべき流れをつくることができました。
 発売以来、17万ダウンロードですから電子書籍としては異例中の異例ともいえる売上げです。もちろん電子版がそれだけ売れたことは大きなニュースにもなりましたし、紙の本との相乗効果も生まれました。

紙の常識、本の常識を疑うこと

— じゃあ、そこで電子書籍の可能性を実感したわけですね?

加藤 いや、そう単純な話でもないんです。当時『DReader』では、約50点ほどの書籍を電子に置き換えたのですが、紙で売れたのに電子化するとぜんぜん売れない本も多かったんですよ。本の内容はいいし、紙ではしっかり売れているのに、電子化すると売れないものもあったりする。

— うーん、ユーザー層が違うということでしょうか?

加藤 ひとつヒントになったのは、もう1点だけ電子化して大ヒットした本があったことです。この本は、紙では数万部だったのに電子版が17万ダウンロード。他の本とまったく逆の動きを見せました。

— ちなみにタイトル聞いてもいいですか?

加藤 高田純次さんの『適当日記』です。

— ほほぉ—!

加藤 これは高田純次さんのまさに「適当な」日記がまとまった本なんだけど、日記形式ということもあって、話のひとつひとつが短いんですね。しかも気軽に読めて、笑える。一方、電子化しても売れなかった本って、総じて「重厚長大」なんですよ。長くて重くて、内容は充実してるんだけど、どちらかといえば家や旅先でじっくり読みたい本。移動時間にサクサク読むような内容じゃないんです。

— たしかに『適当日記』はゲーム感覚で読めるというか、いい意味で気分転換になりますよね。

加藤 あと問題なのは、たとえば『もしドラ』って紙の本だと270ページくらいなんだけど、iPhone では700ページ近くになっちゃうんですよ。画面が小さいから。これがもっと分厚い本だったら、平気で900ページや1000ページになる。

— うーん。1000ページの本と聞くと、さすがにダウンロードする気は失せるかもしれない。

加藤 出版関係者が考えるべきはここなんだと思うんです。きっと古賀さんも日々痛感してるところだと思うけど、紙の本って無理やり200ページくらいまで膨らますことがあるじゃないですか。本来は100ページくらいで語れちゃう内容を、本という体裁を整えるために膨らますことが。
 流通に乗せて利益を出すためには、価格を500円から3000円くらいで収めなきゃいけない。そのためにはある程度のページ数がないと格好がつかない、みたいな。あるいは、書店で棚差しされたときにも埋もれてしまわないように、束(背表紙)の厚みがこれくらい必要だとか。
 これってすごく不健全な話で、コンテンツの中身とはなんら関係ない事情によってページ数が決められているわけです。

— はいはいはい。もうね、痛いほどわかります。

加藤 ぼくら編集者の中には、なんとなく「本には最低200ページくらい必要だ」「表紙は厚い紙で、きれいなカバーをかけるんだ」みたいな常識がはびこっています。「本、かくあるべし」みたいな常識がね。
 でもこれって、よくよく考えてみると「印刷物」という特定のデバイスに依拠した常識なんですよ。ページ数の問題も、カバーの問題も、あるいは価格の問題も。デジタルコンテンツに正面から取り組むと、よくわかりますよ。ぼくらが抱いている〈本〉の常識が、いかに印刷物というデバイスに縛られたものであるかってことが。

— つまり、僕らが〈本〉と呼んでるものの正体は「印刷物というデバイスに依拠したコンテンツ」である、と。

加藤 そうです。だからデジタル化するにあたっては、ぼくらが持ってる〈本〉への常識を、一度すべて疑ってみないといけない。そして cakes では、〈本〉を「印刷物」というデバイスの縛りから自由にしてあげたいんです。

— おもしろい。ようやく加藤さんの問題意識がわかってきました。

デジタルだからできる「短い本」というコンセプト

加藤 リーダーの自社開発、売れ線コンテンツの移行作業、そして販売からプロモーションまで、電子書籍をひと通り経験して、最終的にふたつの結論にたどり着きました。
 ひとつは「いまは紙からデジタルへの移行が中心だけど、そのうちデジタルありきでつくるようになる」ということ。
 そしてもうひとつは「そこで生まれるコンテンツは、紙の本とはまったく違うものになる」ということです。
 わかりやすい話をするなら、普通に紙の本をつくろうとしたら原稿用紙300枚から400枚分くらいの原稿が必要になりますよね? でも、デジタルだったら原稿用紙10枚分の「短い本」を数十円で販売することもできるわけです。

— なるほど。つまり、星新一さんのショートショートを「短編集」としてセットで買わなくても、一編だけ選んで買うことができるわけか。『ボッコちゃん』だけを買う、みたいに。

加藤 そうそう、iTunes の登場で楽曲がバラ売りされるようになったようにね。専門的には「アンバンドル化」っていうんですけど、紙の印刷物というデバイスでは、物理的にも流通的にも「短い本」を売ることができなかったんです。

— デバイスの変化については、音楽を例に考えるとわかりやすいですね。
 たとえば60〜70年代のアルバムは、レコードというデバイスに最適化されたかたちでつくられていた。A面とB面のそれぞれに世界観があり、文脈や物語があった。レコードジャケットも、30センチ四方のサイズを前提にデザインされていた。
 ところが80年代になってCDが登場すると、A面とB面という区分がなくなり、楽曲をスキップする機能も付けられた。これによってアルバム制作に対する考え方は、根本的に変わりました。
 逆にビートルズの『ホワイトアルバム』とか『アビイ・ロード』あたりをCDで聴くと、A面B面という文脈がないせいで、どうしてもこぼれ落ちる部分がある。

加藤 そこがまさに「置き換え」の問題点ですよね。いまの電子書籍が直面している問題も、まったく同じです。紙の印刷物というデバイスに最適化されたコンテンツ(既存の本)を、無理やりデジタルに置き換えるから1000ページになったりする。
 本来、デバイスが変われば表現のかたちも変わるはずなんです。「デジタルならでは」のかたちにね。

— そのデジタルならではのコンテンツとして、加藤さんが「短い本」を提案しているのは、非常におもしろいですね。普通デジタル化というと、「動画や音楽を組み合わせたコンテンツを!」とかになりそうだけど。たしかに「短い本」は、紙では実現できなかったことです。

加藤 もちろん、動画や音楽との組み合わせたリッチコンテンツもありえますよ。ただ、デジタルの可能性、そして〈本〉の可能性って、そんな表面的なものだけじゃないと思うんですよね。
 今後も紙から電子への置き換えは続くだろうし、紙と電子の同時発売もあるでしょう。ただ、あんまり悲観的なことは言いたくないけど、それだと出版市場の縮小を食い止められないと思うんですよ。
 ピーク時に2兆5000億円だった出版市場も、現在では1兆8000億円にまで減っています。この縮小をどう食い止めるかは、ぼくら出版業界関係者に突きつけられた大きな課題です。

— 部数減だけじゃなく、広告収入の減少も絡んでいるから、かなり難しい話ですよね。

加藤 そこでぼくらがやろうとしているのが、新しい「市場」の創出です。
 紙からの置き換えではない、まったく新しいデジタルコンテンツをつくり、その市場をつくっていく。そしてこれまで紙の本ではとらえきれなかった需要を掘り起こしていけば、まだまだ出版市場にも未来があると思うんです。
 たとえば、iTunes の登場によって CD の売上が下がったと言われています。でも、YouTube やニコニコ動画などが普及したおかげで、「音楽そのもの」に触れる機会は増えている。レコードや CD の時代よりも、音楽は身近なものになっている。
 もし問題があったとすれば、電子化に対する音楽業界側の対応が遅れたせいで、うまい流通の仕組みを自らがつくれなかったことじゃないかと思うんです。

— 電子化そのものが悪いのではなく、仕組みづくりに問題があったと。

加藤 そしてぼくは、あと5年もすれば国民みんながタブレットを持つ時代がくると思っています。それがいまの iPad 的なタブレットなのか、Kindle のようなブックリーダーなのか、やや大きめのスマートフォンなのかはわからないけど。たとえば Kindle なんかは採算度外視の価格でデバイスを提供していますよね。収益はコンテンツ、そして物販から上げればいい、という考え方で。
 だからこそ、いま動き出さなきゃいけない。気づいた人間が手を挙げなきゃいけない。ぼくの性格上、指をくわえて眺めていることはできなかったんです(笑)。

— うーん、加藤さんがデジタルコンテンツに乗り出す理由が、かなりクリアになってきました。
 ぼくらの慣れ親しんできた〈本〉の正体が「印刷物というデバイスに最適化されたコンテンツ」なのだとしたら、加藤さんがこれからつくろうとしているデジタルコンテンツは〈本〉ですらないんですね。

加藤 だからこそ「紙か電子か」みたいに対抗軸で語ろうとするのはちょっとおかしいとおもうんですよね。よく「お前は紙を見捨てるのか」「そんなに紙の本が嫌いか」「紙への愛が足りない」とか誤解されるんですけど、そうじゃない。好きに決まってるじゃないですか。本棚のために自宅を改築したくらいですよ(笑)

— 極端な話、グーテンベルク以来続いてきた〈本〉の常識にメスを入れようとしているわけだから、誤解や反発は多いと思いますよ。

加藤 あ、常識にメスを入れるといえば、もうひとつあるんです。この仕事をしながら長年抱いてきた不満があるんだけど、デジタルコンテンツとしてゼロから出発すればそのへんの制度設計もやり直せるなと思っていて。

— はっ? まだ不満があるんですか!?

加藤 はい、笑っちゃうくらいに不満だらけなんですよ(笑)

 

加藤 貞顕(かとう・さだあき)
ピースオブケイク代表取締役CEO・編集者。アスキー、ダイヤモンド社で雑誌、書籍、電子書籍の編集に携わる。おもな担当書は『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』『スタバではグランデを買え!』『なぜ投資のプロはサルに負けるのか?』『英語耳』など。独立後、2011年12月に株式会社ピースオブケイクを設立。コンテンツ配信サービス cakes の正式オープンに向けて準備中。
個人サイト http://sadaakikato.com/
会社サイト http://www.pieceofcake.co.jp/

インタビュー
古賀 史健(こが・ふみたけ)

フリーランスライター。1973年生まれ。一般誌やビジネス誌で活動後、現在は書籍のライティング(聞き書きスタイルの執筆)を専門とし、実用書、ビジネス書、タレント本などで数多くのベストセラーを手掛ける。臨場感とリズム感あふれるインタビュー原稿にも定評があり、インタビュー集『16歳の教科書』シリーズ(講談社)は累計70万部を突破。2012年、初の単著となる『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)を刊行した。
ブログ「FUMI:2」も随時更新中。 http://www.office-koga.com

写真

公文 健太郎(くもん・けんたろう)
フリーカメラマン。1981年生まれ。自由学園卒業 (ポレポレタイムス社所属) 。1999年植林活動でネパールを訪れたことをきっかけに、以来8年に渡ってネパールカブレ地区の農村を尋ね、撮影活動を行う。現在はフリーカメラマンとして、雑誌・書籍の撮影を手掛ける一方で、国内外の被写体 をテーマに作品制作中。2012年、日本写真協会新人賞。
オフィシャルサイト http://www.k-kumon.net

ケイクス

この連載について

初回を読む
cakesが見つめる「普通」の未来

古賀史健

 数年来の友人でもある加藤貞顕さんから独立の話を聞かされて以来、一度正面からインタビューしたいと思っていた。加藤さんといえば、社会現象にもなった『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海著/ダ...もっと読む

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