ビオレタ

第5回 モヤモヤスパイラル。無間モヤモヤ地獄

TBS系「王様のブランチ」『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』『ダ・ヴィンチ』等、各メディアで取り上げられて話題を呼んだ、第4回ポプラ社小説新人賞受賞作『ビオレタ』を特別掲載!
ドーベルマンのように凛々しい菫が店主の「ビオレタ」で働くようになった妙。なぜか菫は、妙が婚約者からもらった指輪を、「棺桶」に入れることを許してくれない。

 菫さんはドーベルマンに似ている。無駄な肉がなくて、凜々しい。作る雑貨はレースやリボンを多用した愛らしいものが多いが、菫さん自身はいつも同じような黒い色の、筒みたいな形のワンピースを着て、長い髪を一つに結んでいる。髪飾りは使わない。

 作業に没頭しているときや、黙ってなにごとかを考えているときの菫さんの横顔はたいそう美しい。劔岳、じゃなくてもいいけどとにかく高くて険しい山を連想させる、峻厳とした美しさがある。わたしはいつも、その横顔に目を奪われる。口に出したことはない。ドーベルマンや劔岳にたとえられて喜ぶ女の人は稀であろう。

 開け放った窓から小さな蝶だか蛾だかわからない虫が入ってきて、しばらく部屋の中を飛んだのちまた出ていく。居間の窓は庭に面していて、そのうえ網戸が壊れているため虫はいつでも出入り自由なのだった。

 ホットサンドの皿を置くと、菫さんはしずかに両手を合わせてからゆっくりと食べはじめた。わたしが食べるとぼろぼろとパン屑がこぼれ落ちるのに、向かいの菫さんの皿はきれいなままだ。鼻で吸引しながら食べているのかもしれない。パン屑を。

「田中さんは、ほんとうにお料理が上手ね」

「こんなの、誰でも作れますよ」

 小学生でも、誰でも、菫さん以外は、とはさすがに言えない。

 わたしの母はわたしがごく小さいうちから家事全般、とりわけ料理を覚えさせることに力を注いでいた。ねえ妙ちゃん。ごはんがおいしいと幸福でしょ。だから料理は、幸福になるための手段。などと言う。

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ビオレタ (一般書)

寺地 はるな
ポプラ社
2015-06-04

この連載について

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ビオレタ

寺地はるな

TBS系「王様のブランチ」『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』『ダ・ヴィンチ』等、各メディアで取り上げられて話題を呼んだ、第4回ポプラ社小説新人賞受賞作『ビオレタ』。6月の刊行直後より、「引き込まれた」「ファンになる!」等々、絶賛・感...もっと読む

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コメント

acorn10103460 「ビオレタ」面白い。なんだろうな、うまく説明できないけど、ありえなさそうで、ありえる。現実と小説の世界を行き来するような、ふわっとする感覚があって好き。 5年弱前 replyretweetfavorite

skbluegreen 結婚・出産・家庭の継続っていう専業主婦的幸せを目指さなくても、料理は幸福になる手段だと思うぞ。自分の力で生きようと思えばなおさらだ(笑)[ 5年弱前 replyretweetfavorite