菫さんが売る棺桶というのは、人間や動物の遺体を入れるためのものではない。
現在店の陳列棚に並んでいる商品は全ててのひらにのるほどの大きさで、いずれも菫さんの手によって装飾が施されている。木の箱に絵が描かれたもの。花の絵が多い。またあるものは紙の箱に布が貼られ、レースで縁取られている。色鮮やかなボタンやビーズをちりばめてあるものや、ガラスでできているものも多い。
見た目はただの宝石箱、というよりも菫さんは当初、宝石箱のつもりでこれを作ったらしい。
菫さんの店に来る客は、殆ど女性だ。でも菫さんが店をひらいてまもない頃、ひとりの年老いた男性がやってきた。百歳ぐらいに見えた、と菫さんは言う。
鶴のように痩せた体を、灰色の背広で包んだその人は、杖をついて大儀そうに入ってくるなりぐるりと店内を見回した。そして棚の上の宝石箱を手に取り、はっきりとした声で「これは棺桶だね」と言ったそうだ。これ、棺桶みたいだね。でもなく、棺桶として使ってもいいね。でもなく、これは棺桶だね、と。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。