深町秋生 後編「自己愛のたぎりに娯楽の首輪をつけるぐらいが丁度いい」

ベストセラー作家・深町秋生さんが5年ぶりの新刊『猫に知られるなかれ』を上梓しました。内側にたぎる情熱と自分を抑えてエンターテインメントに徹することへの葛藤がありながらも、小説家という性分が自分にあっているという深町さん。その内側に抱えた表現意欲と今作のアクションシーンへの思いをじっくりと伺いました。

時代の風景や奥行きある人物造形も楽しめる今作ですが、深町作品の読みどころたるアクションシーンもたっぷりと入っているのがうれしいところです。

 ええ、自分の作品はいつもそうですけど、アクションの合間にドラマがちょこっとあるという感じじゃないですか(笑)。アクションシーンでこれまでと違うところといえば、やっぱり時代が違うことを考慮している点です。1947年当時は、日本にプロレスがまだ入ってきていない。格闘技といえば、もっぱら柔術です。だから永倉は、プロレスのような技を使ったりはせず、相手を仕留めるのに背負い投げを使ったりする。描写するのに横文字も使いづらいですね。永倉は、ローキックを繰り出したりはしない。どうしても古風な戦い方と描写になっていきます。

なるほど喧嘩にも時代考証は必要なのですね。

 そうです。あと、喧嘩の基本は素手だけでなく、周りにあるものをうまく使うこと。闇市なら煮込みの鍋なんかがあるだろうから、それをぶっかけたらえらいことになるだろうとか、そういうことも考えていきます。

アクションシーンの迫力を生むための書き方はあるのでしょうか。アクションになると一文が短くなり、語尾が現在形になるのはすぐ気づきますが。

 それはあります。もともと全体的に文は短くしています。一文を長くすると、主語と述語がずれていったりして文章が下手なことがバレやすい。「彼は走った」などと言い切って、30字以内にしていくとバレずに済みます。

 あと、過激なことを短文で書くと、その過激さへの人物の「慣れ」を演出できるんですね。暴力慣れしている人間は、水を飲むような感覚で人を殴る。思い入れなく痛めつけます。その怖さや狂気を表すには、短文でさらりと暴力を書いたほうがいい。長々と描写していると、その人物にとって暴力がスペシャルなことであると表明しているようになりますから。

 その効果を利用して、チンピラデビューしたばかりの人物なら、だれかにパンチ一発お見舞いするだけでも長々と書く。すると、暴力をふるうことが彼にとってまだ新鮮であるように見える。殺しのプロの場合は、「腹を刺した」などと短く終わらせる。そのほうが、いかにもプロの仕事の雰囲気が出ます。

先ほども例に引いていたように、大の映画好きでもありますね。作品への映画の影響は色濃いのですか。

 書くものが視覚的だとはよく言われます。影響はあるんでしょうね。映画や漫画といった視覚表現は強力ですよ。小説を書くものとしては、なんとか負けないようにしなければいけない。視覚の強烈さに対抗するには、触覚や味覚、痛み、五感のすべてを文章にのせていくことが必要なんじゃないかとおもいます。自分としては、匂いも重視しようと心がけていて、匂いの描写はけっこう多いはずです。

 今作でいえば、当時存在した「洗い屋」の話ですね。あのころ、コンドームは使い捨てじゃなくて、娼婦の方々はいちど使ったものを洗って再利用していた。コンドームを洗うのを仕事にしている人もいて、大量にジャブジャブ洗っていた。これはすごい嗅覚を刺激するだろうなと。吐き気を催すくらいに描写できていたらいいのですが。

受け取る側の五感をフルに作動させる。それが小説でこそできる表現だということですか。

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山内宏泰

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SLGjpn [あとで読む] 約2年前 replyretweetfavorite

kow_yoshi 深町先生のインタビュー後編です。無料会員でも最後まで読めます 約2年前 replyretweetfavorite

matomotei 1件のコメント http://t.co/dEHW05ogGH 約2年前 replyretweetfavorite