「棺桶?」
菫さんがびしっと自分の右側にある扉を指さした。玄関から入ってきたのよりもすこし小さい、茶色い扉。この扉からも行けるけど、外側から入りなおしましょう、第一印象は大事だから、などと言う。
「はあ」
わけがわからぬまま、玄関に戻る。靴を履いて外に出ると、雨はもうあがっていた。あらためて門扉を見ると、『北村』という表札の下にかまぼこ板ぐらいの小さい札がかかっていて、そこに『ビオレタ』と記されており、その下に右向きの矢印があった。
「これがお店の名前ですか?」
「そう」
菫さんは、今度は玄関の扉を開けずに家の右手に向かって進んでいく。家を取り囲んでいる低い塀と家とのあいだには一メートル程の幅がある。
だだっ広い庭があった。その気になれば家がもう一軒建てられそうな感じがする。
庭の中央にでんとヤマボウシの木が植えてある。庭でいいのかな、とためらいながら思う。草がぼうぼうに生えていて、庭というより荒地と呼ぶほうが正しい気がする。
「そっちじゃない、こっち」
わたしが庭ばかり眺めていたせいか、菫さんが苛立った声を出した。顔を左側に向けると、ガラス戸があった。どうやらこれがお店らしい。
客はさぞ入りにくかろう、とまず思った。だって普通の家の門扉から入って、玄関を横目に通り過ぎていかないとならないなんて。
築六十年の自宅の一部を改装したという店は、六畳ほどしかないという。菫さんはポケットから鍵を取りだして、木枠にガラスのはさまった引き戸を開けた。かなりすり減っているらしく、開くとみりみり、みりみりという音がした。きちんと閉めても隙間風が入る、と菫さんが無表情に説明した。
こんな店で働けと言われてもなあ、と思っていたのに、一歩足を踏み入れて並べられた雑貨を見た瞬間思わず「わあ、すごい」と歓声を上げてしまった。
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