ビオレタ

第3回 「いつも心に棺桶を」

TBS系「王様のブランチ」『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』『ダ・ヴィンチ』等、各メディアで取り上げられて話題を呼んだ、第4回ポプラ社小説新人賞受賞作『ビオレタ』を特別掲載!
婚約者との別れの顛末を語り終えた妙は、菫に、「この店で働きなさい」と告げられる。ここは「棺桶」を売る店だというのだ。

「棺桶?」

 菫さんがびしっと自分の右側にある扉を指さした。玄関から入ってきたのよりもすこし小さい、茶色い扉。この扉からも行けるけど、外側から入りなおしましょう、第一印象は大事だから、などと言う。

「はあ」

 わけがわからぬまま、玄関に戻る。靴を履いて外に出ると、雨はもうあがっていた。あらためて門扉を見ると、『北村』という表札の下にかまぼこ板ぐらいの小さい札がかかっていて、そこに『ビオレタ』と記されており、その下に右向きの矢印があった。

「これがお店の名前ですか?」

「そう」

 菫さんは、今度は玄関の扉を開けずに家の右手に向かって進んでいく。家を取り囲んでいる低い塀と家とのあいだには一メートル程の幅がある。

 だだっ広い庭があった。その気になれば家がもう一軒建てられそうな感じがする。

 庭の中央にでんとヤマボウシの木が植えてある。庭でいいのかな、とためらいながら思う。草がぼうぼうに生えていて、庭というより荒地と呼ぶほうが正しい気がする。

「そっちじゃない、こっち」

 わたしが庭ばかり眺めていたせいか、菫さんが苛立った声を出した。顔を左側に向けると、ガラス戸があった。どうやらこれがお店らしい。

 客はさぞ入りにくかろう、とまず思った。だって普通の家の門扉から入って、玄関を横目に通り過ぎていかないとならないなんて。

 築六十年の自宅の一部を改装したという店は、六畳ほどしかないという。菫さんはポケットから鍵を取りだして、木枠にガラスのはさまった引き戸を開けた。かなりすり減っているらしく、開くとみりみり、みりみりという音がした。きちんと閉めても隙間風が入る、と菫さんが無表情に説明した。

 こんな店で働けと言われてもなあ、と思っていたのに、一歩足を踏み入れて並べられた雑貨を見た瞬間思わず「わあ、すごい」と歓声を上げてしまった。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

ビオレタ (一般書)

寺地 はるな
ポプラ社
2015-06-04

この連載について

初回を読む
ビオレタ

寺地はるな

TBS系「王様のブランチ」『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』『ダ・ヴィンチ』等、各メディアで取り上げられて話題を呼んだ、第4回ポプラ社小説新人賞受賞作『ビオレタ』。6月の刊行直後より、「引き込まれた」「ファンになる!」等々、絶賛・感...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません