中国、日本が生んだ「爆発のアーティスト」
現代美術界で最も活躍しているアーティストのひとり、蔡國強(さい・こっきょう)さん。火薬を用いた作品が特徴的で、「爆発のアーティスト」とも称され、2008年の北京オリンピックの開会式・閉会式で花火の演出を担当し、世界中で大きな注目を集めました。
そんな蔡さんの7年振りとなる日本での大規模個展『蔡國強展:帰去来』、開催場である横浜美術館の主任学芸員の中村さんと一緒に本展を巡ります。
片桐仁(以下、片桐) まず、この展覧会の名前「帰去来(ききょらい)」って、どういう意味なんですか?
—— 昔の中国の詩人、陶淵明(とう・えんめい)の「帰去来辞」という漢詩からきています。故郷に帰るときに詠んだ詩ですね。蔡さんは、中国の福建省のお生まれですが、日本にも9年ほど間住んでいたことがあり、日本は自分の創作活動の故郷だと考えていらっしゃるので、原点を見つめ直そうという意味で、このタイトルがつきました。あちらの題字も、ご本人が墨で書かれたものです。
全長24m! 爆発で描く「火薬絵画」
片桐 で、でかい!!!!
《夜桜》2015年、作家蔵
片桐 こんな大きい絵、どこで描いたんですか!?
—— ここです。このエントランスホールで描きました。
片桐 ええ〜! ここで!?
—— カウンターやイスを片付けて、彫刻にシートを被せたりして。作品は全長で24メートルあります。1枚が3メートル×4メートルの和紙を繋げてあり、横に8枚、縦に2段、合計16枚。
片桐 これも火薬を使って描いてるんですか?
—— そうです。溶接などの養生に使う不燃布という布の上にクラフト紙を敷いて、その上に厚紙を正確に置いていきます。最初に蔡さんが厚紙に下絵を描いて、それをボランティアの方たちがカッターで切り抜きました。
片桐 ステンシル※みたいに。
※型紙を切り抜き、その穴の部分から絵の具などを紙につける技法。
—— まさにステンシルですね。型紙の下に和紙を置き、型紙の上から火薬を撒いて、それで火薬に火をつけて、爆発させます。
火薬絵画《夜桜》(2015 年、作家蔵)の爆破
Photo by KAMIISAKA Hajime
火薬絵画《人生四季》(2015 年、作家蔵)の爆破
Photo by KAMIYAMA Yosuke
片桐 は〜。これ、よく見ると粉ですね。
《夜桜》(部分)2015年、作家蔵
—— 火薬です。普通の花火と同じものですが、色んな種類を使っています。おそらく20種類くらい。重さでいうと、全部で20キログラムくらいでしょうか。
片桐 蔡さんは、火薬取り扱いの免許を持ってるんですか?
—— 免許には、煙火取扱と火薬取扱の2種類ありますが、今回は煙火の資格が必要で、横浜の花火師さんと、蔡さんのテクニカルディレクターの方が資格を持っています。
片桐 この絵は完成までにどのくらい時間かかったんですか?
—— 半面で1日ですね。
片桐 あ、そんなすぐに。
—— 始めれば早いですが、そのぶん事前の仕込みが大変なのです。完璧な準備さえ整えば、あとは写真を撮るのと同じで、すぐに完成します。
片桐 爆発は一発勝負ですもんね。最初は燃えちゃったりして、何年もかかって開発したんだろうなぁ。この手法には何か名前があるんですか?
《夜桜》(部分)2015年、作家蔵
—— 蔡さんはこの手法で描かれた絵を「火薬絵画」と呼んでいます。
片桐 直球でいい名前ですね。どうしても最初は手法に目がいっちゃいますけど、絵としては、タイトル「夜桜」の通り、桜とミミズクが描いてあります。
《夜桜》(部分)2015年、作家蔵
《夜桜》(部分)2015年、作家蔵
—— 「夜桜」というのは、日本美術のテーマとしてずっとあるもので、日本での展覧会ですから、その土地のシンボリックなイメージ、というのもあるでしょう。さらに横浜の縁ということで言えば、蔡さんは、横浜生まれの思想家・岡倉天心に関心があったのですが、2年ほど前にその天心の弟子である日本画家・横山大観の「夜桜図」を、ここ横浜美術館で展示したことがあるんです。そういった横浜の美術の歴史に対するオマージュも感じ取ることができます。
片桐 そのうえで蔡さんは自分の作家性を発揮して、まさに爆発させたわけですね。いやあ、てっきり水墨画の下絵があるのかと思ってましたが、にじみも全部火薬の煙だっていうのが驚きました。
抱き合う男女が爆発!?
片桐 鮮やかな色がついてますけど、これも火薬絵画ですか?
《人生四季:春》2015年、作家蔵
—— そうです。この色は、一般的な夜に上がる花火ではなく、昼間用の花火に使われる火薬を使っているからです。
片桐 さっきの「夜桜」は和紙でしたけど、これはカンヴァスに描いてますね。
—— M200号という既成のサイズを縦にして横に4枚繋げています。
片桐 Mサイズって、横長で海とか描くときに使うやつですよね。
—— よくご存知で。
片桐 うわぁ、この発色すごいなぁ。モチーフは花札ですね
《人生四季:春》(部分)2015年、作家蔵
《人生四季:春》(部分)2015年、作家蔵
—— 昼間の花火というのは、夜のように炎色反応では全く見えないので、煙の色で見せるんです。つまり、煙に色をつけるために顔料を混ぜる。これはその顔料入りの火薬による発色です。
片桐 ということは、ものすごく繊細な火薬の置き方をしないと、絵にならないですね。
—— コンピュータ制御のレーザーカットと、細かいところはステンシルを使っています。
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