第1回】cakesが見つめる「普通」の未来。

 数年来の友人でもある加藤貞顕さんから独立の話を聞かされて以来、一度正面からインタビューしたいと思っていた。  加藤さんといえば、社会現象にもなった『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海著/ダイヤモンド社)で知られるカリスマ編集者だ。編集者として絶頂期にあったはずの彼は、なぜ職を辞し、ゼロからの再スタートを選んだのか。紙からデジタルコンテンツの道に進む理由はどこにあるのか。そしてなぜ、通常の電子書籍ではなく自前の新サービス cakes なのか。  聞きたいことは山ほどある。5月のさわやかな休日におこなわれたロングインタビュー。第1回となる今回伺ったのは、彼が編集者として守ってきたスタンス、『もしドラ』誕生の理由、そして独立についてである。理路整然とした語り口の背後に見え隠れする、編集者としての「熱」のようなものを感じとっていただけると幸いだ。

紙と電子を対抗軸で考えるつもりはない

— なんだかこうしてあらたまって取材するのは照れますね。今日は加藤さんが独立した経緯から cakes の中身についてまで、たくさんの質問をぶつけたいと思います。失礼な質問もあるかもしれませんが、よろしくお願いします。

加藤 いやあ、緊張しますね(笑)。こちらこそよろしくお願いします。

— じつは、加藤さんが会社を辞めてデジタルコンテンツをやると聞いたとき、ふたつの意味で驚いたんですよ。

加藤 ふたつの意味?

— まず、加藤さんは『もしドラ』でビジネス書としては異例の270万部というヒットを達成しました。『もしドラ』がその部数以上に画期的だったのは、その後アニメ化され、映画化されたことです。『もしドラ』以前にアニメ化と映画化の両方を実現したビジネス書なんてなかったですよね?

加藤 はい、なかったと思います。

— つまり加藤さんは、紙の本が持つ可能性やおもしろさを、他の誰よりも実感した編集者のひとりだと思うんです。そんな加藤さんが、紙の本から離れてデジタルコンテンツの世界に行く。これは素直に驚きでした。

加藤 周囲の人たちが思っているほど、紙と電子を対抗軸で考えているわけではないんですけどね。でも、おっしゃることはわかります。

— もうひとつの驚きは「電子ってそんなにおもしろいの?」ということ。出版不況とか電子書籍に秘められた可能性とか、いろんな要素はあるだろうけど、もっと単純なところで「電子に行ったほうがおもしろい!」と思ったわけでしょう?
 僕は加藤さんと本の仕事をしたこともあるし、加藤さんの本好き度合いもよく知っているから、余計に驚いたんですよ。

加藤 ああ、そこはたぶんおもしろさの質が違うんだと思うな。もちろん、紙の本をつくることはおもしろいし、今後も機会さえあればつくりたいですよ。そうですね、ちょっと古い話になるけど『もしドラ』以前のところから話してもいいですか?

— もちろん。今日は何時間でもお付き合いします。

本づくりの目的は「世の中を前に進めるため」

加藤 編集者にもいろんなタイプがいて、それぞれの価値観があるべきだと思うけど、基本的にぼくは「売れなくてもいい」とは思えないタイプなんですね。仮に10冊の本をつくるとしたら、そのうち7冊は10万部を超えるものにしたい。
 古賀さんも経験あると思うけど、本って10万部を超えたあたりから世の中が動きはじめるでしょ? メディアで採り上げられるのはもちろん、意外なところからクチコミが伝わってきたり、世の中全体が動きはじめるのを肌で実感できる。
 カッコつけた言い方になるけど、ぼくは編集者として「世の中を前に進めるため」に本をつくってきたつもりなんですよ。その意味でも、部数は大事にしたいと思っているんです。

— いや、世の中を前に進めるという意識は、加藤さんがこれまで担当してきた作品を見ると納得できますよ

加藤 じつは、僕が本をつくるときって、いつも心に思い描いている想定読者がいるんです。

— へえ、どんな読者ですか?

加藤 田舎の中学でイジけていた自分です。学校に馴染めず、いつも図書室に閉じこもっていた自分。
 本って〈世界〉につながるためのトビラだと思うんですよ。とくにインターネットがなかった時代、地方の中高生にとっては本だけが〈世界〉との接点でした。一度でも本に救われた経験を持つ人なら、この感覚わかってくれるんじゃないかな。
 だからいつも考えているのは、どうやって〈彼〉にこの本を届けるか、ということ。そして、どうすれば「だいじょうぶ、世界はおもしろいところだぞ!」と伝えることができるか、なんです。僕にとっての〈彼〉は永遠の読者ですね。

— ああ、その感覚はよくわかるなあ。でも、さすがに『もしドラ』は〈彼〉にも届いたんじゃないですか?

加藤 そうあってほしいですね。だから『もしドラ』以前から、100万部という数字についてはずっと意識していました。それくらい強力な本をつくらないと〈彼〉には届かない、と。

— 出版の世界でミリオンというのは、シンボリックな数字ですよね。みんな口には出さずとも目標にしてるでしょう。

加藤 ただ、戦略もなにもないまま「めざせミリオン!」と叫んでいても意味がないですからね。そこであるとき「1%の法則」という仮説を立てたんですよ。

— 1%の法則?

加藤 簡単にいうと「本の部数とは、その本がターゲットとする潜在読者の1%を上限とする」というもの。
 たとえばビジネス書を出す場合、その対象読者であるビジネスパーソンは約4000万人。これを「1%の法則」に当てはめると、企画や原稿、そしてプロモーションまですべてがうまくいった場合でも最大40万部ということになる。
 この仮説が正しいとすれば、普通にビジネス書をつくっても、100万部には届かないんですよ。だって潜在読者が1億人になったとき、ようやく「1%=100万部」になるわけですから。

— なるほど! たしかに、純粋なビジネス書の上限が40万部というのはリアリティがある数字ですね。半分の20万部でも大ヒットの部類でしょう。例外的に売れた本は、なにかビジネスに収まらない別要素が絡んでいます。

加藤 そこについても考えました。過去のミリオンセラーを片っ端から調べて、どんなテーマだったら1億人に届くのか分類したんです。その結果わかったのは、ミリオンセラーの土壌には5つのテーマがあって、過去のミリオンセラーはそのいずれか—もしくは複数—に該当するということ。

— ミリオンを生む5つのテーマ。やばい、すごい聞きたい。

加藤 まずは家族。それから青春。さらに恋愛。ちょっと方向性が変わって健康。そしてお金です。シンプルだけど、この5つは1億人がターゲットとなりうる。

— へぇー、おもしろい分析だなあ。『もしドラ』でいうと、上限40万部の組織論に「青春」の要素が加味されているわけですね。じゃあ『もしドラ』の編集にあたっても、かなり早い段階からミリオンを意識していたんですか?

加藤 いやいや、まず断っておくと、『もしドラ』は著者の岩崎夏海さんによる、すばらしい着想と最高におもしろい原稿があったからこそ、生まれた一冊です。そこは間違ってはいけません。もともとあのタイトルもコンセプトも、岩崎さんがご自身のブログで書かれていたものですから。

— でも、そこに大きな可能性を感じたわけでしょう。

加藤 そうなんだけど、正直な話をするとドラッカーの『マネジメント』も読んだことなかったし、ほんとうに偶然みたいなスタートだったんですよ。
 順を追って話しましょう。それまでぼくのつくる本は、大きく3つのジャンルに分かれていました。「英語」と「お金」と「コンピュータ」です。

— 過去の担当作でいうと『英語耳』(松澤 喜好)や『スタバではグランデを買え!』 (吉本 佳生)、『コンピュータのきもち』(山形 浩生)などがそうですね。

加藤 はい。なぜ英語とお金とコンピュータなのかというと、この3つって「個人を自由にするツール」だと思うんですよ。英語ができて、お金があって、コンピュータが使えれば、世界のどこにいても生きていける。国や会社に縛られない、個人が自由を獲得するためのツールが、この3つなんです。

— その流れからすると、むしろ『もしドラ』は異色ですね。

加藤 そうなんです。ずっと英語とお金とコンピュータに取り組んできて、個人の自由を追求するのも大切だけど、個人に限界があることも認めなきゃいけないと感じるようになったんですね。大きなことをやろうと思えば、他者の助けを借りて協力しあう必要がある。つまり、組織について考える必要がある。
 そんな感じでちょうど「個から組織へ」と自分自身の関心が移りはじめていたとき、岩崎さんのブログで『もしドラ』に出会ったんです。

とにかく新しいことがやりたかった

— なるほど。そこからミリオンにいたるプロセスについては、もういろんな場所で語り尽くしてきたでしょうし、あえて「その後」から聞きましょう。
 『もしドラ』は270万部も売れて、企業から学校までたくさんの組織で導入されてドラッカーブームの火付け役にもなりました。しかも、アニメ化と映画化の両方も実現したし、流行語大賞にもノミネートされた。正直、燃え尽きた感はなかったですか?

加藤 うーん、きっと先輩方は「まだお前の知らない世界はいろいろある」とおっしゃるでしょうし、実際そうなんだと思います。でも、そうですね。あの怒濤の日々をくぐり抜けると「ビジネス書としてやれることはやり尽くした」というのが正直な感想ですよね。

— だからこそ聞きたい。最初の話に戻りますが、『もしドラ』があの規模で売れていく過程では、他の誰も経験したことのないような興奮を味わっただろうし、紙の本が持つ可能性、ビジネス書が持つ可能性を再確認したと思うんです。

加藤 うん、めちゃくちゃおもしろかったですよ。

— おもしろかったですよね?

加藤 大変なことも多かったけど、編集者冥利につきるどころの話じゃなかったし、毎日がジェットコースターに乗っているような日々でした。ビジネス書の可能性を再確認したという指摘も、そのとおりです。

— それがどうして、独立してデジタルコンテンツの新サービスを立ち上げることにつながっていったんでしょう? たぶん加藤さんなら今後もおもしろくて刺激的な本をたくさんつくれただろうし、そっちの人生も楽しかったと思うのですが。

加藤 まあ、理由はひとつに絞れませんよね。『もしドラ』以前から抱えていた問題意識もあるし、『もしドラ』が売れたことによって気づいたところもあるし。
 シンプルな理由として挙げられるのは、とにかく新しいことがしたい人間だということですね。

— それは編集者として?

加藤 編集者としても、ひとりの人間としても。
 たとえば編集者として考えた場合、一生のうちにつくれる本なんて数が限られているんですよ。だったら、いつも新しいものにチャレンジしていたい。それがぼくのスタンスなんです。きっとそこともつながると思うんだけど、「ミリオンをつくったら、なにか新しいことをやりたいな」とは漠然と考えていました。これは『もしドラ』よりもずっと前から。

— とはいえ、よく辞めるリスクを選びましたね。しかも転職ではなく独立なんて。

加藤 あのまま会社に残っても、あるいはどこかに転職したとしても、やりたいことは変わらないし、大変なことに違いはないんですよ。会社には会社の、転職先には転職先の、独立には独立のしんどさがある。どっちを向いてもラクな道なんかないんです。
 で、どうせ汗をかかなきゃいけないのなら、新しいことに挑戦して「気持ちのいい汗」をかこう、と。それだけですよ。

— じゃあ、その「新しいこと」がデジタルコンテンツだったのは、なぜ?

加藤 それはねえ、うーん。……ひょっとしたら僕が企画を立てるときの発想法というか、出発点に答えがあるのかもしれないな。

— 企画の出発点?

 

加藤 貞顕(かとう・さだあき)
ピースオブケイク代表取締役CEO・編集者。アスキー、ダイヤモンド社で雑誌、書籍、電子書籍の編集に携わる。おもな担当書は『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』『スタバではグランデを買え!』『なぜ投資のプロはサルに負けるのか?』『英語耳』など。独立後、2011年12月に株式会社ピースオブケイクを設立。コンテンツ配信サービス cakes の正式オープンに向けて準備中。
個人サイト http://sadaakikato.com/
会社サイト http://www.pieceofcake.co.jp/

インタビュー
古賀 史健(こが・ふみたけ)

フリーランスライター。1973年生まれ。一般誌やビジネス誌で活動後、現在は書籍のライティング(聞き書きスタイルの執筆)を専門とし、実用書、ビジネス書、タレント本などで数多くのベストセラーを手掛ける。臨場感とリズム感あふれるインタビュー原稿にも定評があり、インタビュー集『16歳の教科書』シリーズ(講談社)は累計70万部を突破。2012年、初の単著となる『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)を刊行した。
ブログ「FUMI:2」も随時更新中。 http://www.office-koga.com

写真

公文 健太郎(くもん・けんたろう)
フリーカメラマン。1981年生まれ。自由学園卒業 (ポレポレタイムス社所属) 。1999年植林活動でネパールを訪れたことをきっかけに、以来8年に渡ってネパールカブレ地区の農村を尋ね、撮影活動を行う。現在はフリーカメラマンとして、雑誌・書籍の撮影を手掛ける一方で、国内外の被写体 をテーマに作品制作中。2012年、日本写真協会新人賞。
オフィシャルサイト http://www.k-kumon.net

ケイクス

この連載について

cakesが見つめる「普通」の未来

古賀史健

 数年来の友人でもある加藤貞顕さんから独立の話を聞かされて以来、一度正面からインタビューしたいと思っていた。加藤さんといえば、社会現象にもなった『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海著/ダ...もっと読む

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