聞き手 吉岡宏(中央公論新社 特別編集部)
担当 なんか暗くなってきたので、話題、変えましょうか。苦労話とかどうでしょう。なかなか書き進まないからおよそ1年の間、2週間に1度くらいの頻度で打ち合わせしましたよね。というか、毎回その打ち合わせの場ではじめて執筆してたけど。
シモダテツヤ(以下、シモダ) 途中から執筆じゃない方にハマってしまったんです。目の前で「書いてくださいよ」と頼まれることに対して、今日はどんな書かない言い訳をしてやろうかということに。言い訳を考えるということがぼくにとって非常にクリエティブな行為だったんですよ。本を書くより、そっちのほうがずっと楽しくなっていった。
担当 ……。
シモダ ページが足りないなら、オビをダンボールにして厚みを出せば普通の本と同じ厚さで出せる、とか。あるいは、「ちょっと待って。そもそも(担当の)吉岡さんの言う本の概念が間違っていますよ。本ってギリギリ立つ厚さがあれば成立する、立てばすなわち本って言うんです」とか。他にも全く関係のない精神論とか哲学的なことを言い出して、少しずつ話題をずらしていく。
担当 あとは「ひらがな書けない」だの「すべての指を突き指したから文字打てない」とか。しかも気付くと、それに言いくるめられてしまう。聞いているうちに「あれ、この人の言っていることのほうが正しいのか?」と。シモダさん、言い訳の天才なんですよね……。
シモダ まあ、やっぱり終わらないから旅館にカンヅメさせられることになり。そもそも、それも「実は自分、旅館にこもらないと書けないタイプなんですよねえ」という文豪みたいな言い訳からはじまったんだけど。さすがにそこまで駄々をこねれば諦めるんじゃないかって。
担当 これまで一冊も書いたこと無いのに、いきなり大作家……。ただ、いまどき出版社にも「旅館泊りがけ執筆」なんてスキームは存在しない。だから困り果てて。やむなく年配編集者に相談したら「おお、久々に来たか」と(笑)。あそこがいいんじゃないか、ここならちょうどいいとか。アドバイスしてもらえました。
シモダ 結局、本当に泊まりがけで書かされることになった。しかも宿泊代、自腹ですよ!「すいませんけど、宿泊費は出しませんから」って。鬼か!
担当 そのうえシモダさん、車で旅館まで行ったために近くのパーキングに停めることになり。
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