ビオレタ

第2回「いやだいやだいやだいやだいやだいやだ……」

TBS系「王様のブランチ」『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』『ダ・ヴィンチ』等、各メディアで取り上げられて話題を呼んだ、第4回ポプラ社小説新人賞受賞作『ビオレタ』を特別掲載! 結婚するつもりで退職した直後、婚約者から突然別れを切り出された妙。道端で大泣きしていたところを助けてくれた菫に、事の次第を話すのだが……。

 慎一は「さっきからそればっかりだな」と不機嫌そうにストローを咥えた。緑色の液体がストローをのぼっていく。メロンソーダ。腹が立つ。無性にメロンソーダに腹が立つ。婚約を破棄しながら炭酸のはじける感じを楽しむな。わたしはテーブルの上の、自分のアイスコーヒーの紙コップを両手で握りしめる。

 あまりに強い力で握りしめたために、蓋が「べこん」という間抜けな音をたてて外れ、中身が勢いよく溢れだしてテーブルと床に茶色い水たまりをつくった。焦って咄嗟に、ハンカチで拭いた。

 その白いリネンのハンカチは、隅のほうに刺繡してあるTというイニシャルのかたちがとても凝っていた。何年も大事に使っていたから勿論汚したくはなかったけれども、しかたなかった。

 拭き終えて茶色く染まったハンカチを握りしめながら黙っていると、慎一が「ねえ、妙。わかってくれるよね」と機嫌をとるような、やけにやさしい声を出した。

「わかんない。いやだ」

 わたしは小さな声で呟いたつもりだったが、存外店内に響いた。斜め前の高校生カップルの女子のほうと目が合い、その瞳に憐憫のような好奇のようなものが浮かんでいるのを認めた瞬間ぶつりと我慢の糸が切れた。

「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ、絶対にいやだーッ!」

 声がどんどん大きくなって、最後は悲鳴のようになった。店の中にいる全員が、凝然としてこちらを見ていた。目の前にあるトレイを摑んで投げつけようかどうか悩んでいると、慎一が溜息をついて両手で顔を覆った。

「妙。結婚ってふたりでするものだろ。どっちかが『もう無理』って思ったらもう絶対に無理なんだよ」

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ビオレタ (一般書)

寺地 はるな
ポプラ社
2015-06-04

この連載について

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ビオレタ

寺地はるな

TBS系「王様のブランチ」『朝日新聞』『読売新聞』『毎日新聞』『ダ・ヴィンチ』等、各メディアで取り上げられて話題を呼んだ、第4回ポプラ社小説新人賞受賞作『ビオレタ』。6月の刊行直後より、「引き込まれた」「ファンになる!」等々、絶賛・感...もっと読む

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guropan ケイクスで連載されてる!  4年以上前 replyretweetfavorite