やっぱり、弱虫でいいんだよ

「弱さ」にちゃんと向き合うことによって、共に食べ、共に住み、共に生きることができるようになった。共に認め合い、感じ合い、そして愛し合うことさえできるようになった。そういう方向へと進化することで、強弱、勝敗、優劣、上下といった二元論を超える力を得たのだ。そう考えれば、「弱さ」ってすばらしいじゃないか。


分かち合いと弱さ

 勝ち負けのない世界でもう一つ大事なのが、「分配」という行動だ。なぜ、ゴリラも人間も食物を分かち合うのだろう。山極の説明によると、それは飢えた仲間の生存のためというよりも、「互いのきずなを確認する、あるいは親睦を深める」といったコミュニケーションの方法として発達した。その意味で、「分配」は「遊び」と同様、「感情の快の領域を刺激した」。平たく言えば、「気持ちよかった」のだ。

 競争して奪いとったり、独り占めしたりするのにも、一種の快楽はあるだろう。でも、ゴリラや人間は、それよりも、分かち合いという喜びの方を重視した、というわけだ。

 また、分配という点で、人間はゴリラよりさらに大きく一歩を踏み出したようだ。家族内の分配を、家族間へと広げ、コミュニティという分配のネットワークをつくり出す。

 それにつれて、家族の中での対等な関係は、家族同士の対等な関係へと、発展する。そこでは、ほかの家族を攻撃したり、支配したりしない。つまり、勝ちも負けもない。それがコミュニティというものだ。

 人間は、狩猟のための道具を武器として同じ人間に向けるようになり、武力で社会の秩序をつくりだしたという説が唱えられたこともあったが、ぼくはむしろ、生存のためにコミュニケーション能力を高め、食べ物を分け合ったり、共同作業をしたりして対等な関係を築いてきたことこそが、人間としての進化に重要な役割を果たしたのだと思っている。

 山極も、人間が、家族と共同体を両立させた唯一の動物だという点に注目している。そして、それこそが、人間ならではの特徴、つまり「人間らしさ」というものの核心ではないか、と。

 「弱さ」という観点から考えてみよう。まず、人類史の大部分を占める狩猟採集生活がどんなものだったかに思いをはせながら、そこでの「弱さ」としてどんなことがあったか、想像してみる。すると、人間の生存にとって不利になりそうな身体的な条件や制約のことが思い浮かぶだろう。幼い子ども、病人、けが人、老人。彼らの「弱さ」とは、誰もが人生のある時期に必ず、あるいはおそらく、経験することになる「弱さ」。また、さまざまな身体的な障がいという「弱さ」を抱える可能性は、今よりも多かったのではないか。身ごもって大きなお腹の女性、また乳児をもつ女性も、多くの制約を負う。その女性を一員とする家族や共同体もまた、その「弱さ」を共同で抱えることになる。同じように、上にあげたすべての制約は、単にその人個人のものではなく、同時に、家族やコミュニティ全体に深く関わるものだったはず。

 では、こうした「弱さ」をどうするか。それは、単にその人個人の問題ではなく、家族、コミュニティ、そして社会全体の問題だ。

 遊びも分配も高度なコミュニケーションも、みな、お互いが抱えている「弱さ」を補い合うことで、「弱さ」を「弱さ」のままにしておかないための方法だと言える。「弱さ」だったものや、「弱さ」でありえたことを、「弱さ」ではないものやことへと変えてしまうのだ。すると「弱さ」という言葉や概念が意味を失ってしまう。それが「勝ち負けのない社会」というものだろう。

 遊びや分配が「弱さ」を無効にする方法だと言ったが、逆に、「弱さ」や「強さ」からなるデコボコがあったおかげで、それに対処するために、遊びや分配が発達し、人間は高度なコミュニケーションや共感の能力を得ることになった、とも言えるだろう。つまり、人間ならではの「強さ」とは、もとをたどれば、「弱さ」のおかげだった、というわけだ。

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弱虫」でいいんだよ

辻信一

私たちの生きる世界では「終わりなき経済成長」をテーマに人々が邁進しています。それをこなすのは大変です。誰もが効率的に働かなければ世界が回らないと思い込んでいます。過剰な世界を支えるのは「強い人たち」です。健康で体が強く、より早く、より...もっと読む

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コメント

dmdmtmt  こちらの記事も、ずっと引っかかっていることに対するひとつの答えのようなものが提示されていて、よかった 約3年前 replyretweetfavorite