幸せのハードルは低い方がいい。—vol.1

野球の道の断念、2度の入門テスト不合格、業界全体の人気低迷、意識不明の重体……何度も挫折と失敗を繰り返しながらも自らを「100年に一人の逸材」と呼びつづけ、新日本プロレス「奇跡のV字復活」の立役者となったプロレスラー棚橋弘至選手。その哲学が詰まった新刊『全力で生きる技術』の刊行を記念して、cakes独占インタビューが実現。cakesでも数々のプロレスコラムを寄稿している、プロレスキャスターの三田佐代子さんを聞き手に、新刊のことからプロレス界の今後まで、たっぷりうかがいました。

全力感出しすぎた!?

— 先日は新日本プロレスの大一番であるG1クライマックスでの優勝、本当におめでとうございました! 最後に優勝旗が折れたのは驚きました(笑)。

棚橋弘至(以下、棚橋) あれはね……自分でもびびりました(笑)。旗の柄を釣り竿に見立てて、大きな魚を釣るようなジェスチャーをしていたら、竿の一点に力がかかりすぎちゃったらしくて……。あんな会場いっぱいの「あ〜〜〜……」って声を聞いたのは初めてでした。僕も頭のなかでは「え、これ、弁償?」ってパニックでしたよ。結局なんとかなりましたが。

— そういうところもファンを楽しませてくれるというか、「持ってるな」と思いました。そんな棚橋選手、先日2冊目の単著『全力で生きる技術』を刊行されました。今回はどのようなイメージで出されたんですか?

全力で生きる技術
全力で生きる技術

棚橋 前回の『棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか』は、新日本プロレス再生の流れを時系列で追った内容でした。プロレスの歴史としても楽しめたと思いますが、“組織論”がテーマになっていたといってもいいかもしれません。それに対して今回の本は、僕“個人”の考え方にフォーカスしています。

— 前作が組織で今回が個人。

棚橋 そう。ある意味、前作は組織の中で悩んでいる人や組織を変えたいと思っている向け。今回の本は、自分一人でモチベーションを上げたり、環境を変えたりしていくための処方箋です。

— 『全力で生きる技術』というタイトルからしてもうすごいですよね。棚橋選手のテーマでもある「全力」感があふれてます。

棚橋 全力感出しすぎて、字がものすごく大きくなっちゃった(笑)。

— 表紙をひらいたところにある見開きの紙が、銀色のミラー紙になっているのもお洒落です。前作は真っ赤でしたよね。

棚橋 そうなんです。前作同様、お洒落に作っていただきました。色々こだわりのアイデアが詰まってるんですよ……こういうのテイソウっていうんでしたっけ?

— 「装丁」(笑)。

棚橋 大丈夫、“想定”内の間違いです!

— うまい(笑)。ちなみに、前回のご本を出された時の反響の中で、“想定外”だったものってありましたか?

棚橋 メチャメチャありましたよ。前回の本はタイトルが強烈じゃないですか。『棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか』って……俺一人で変えてやったぜ、っていう言い方だと思われても不思議じゃない。だから正直、「お前一人で変えたわけじゃないだろ」という批判も覚悟していたんです。でも実際は、「新日本プロレスの歩みがよくわかった」という肯定的な意見が多かった。あと、「棚橋さんって意外と苦労してるんですね」って言われたりとか(笑)。

— 棚橋選手が初めてチャンピオンになった2006年当時はかなりブーイングされてましたものね。今では信じられない光景です。しばらくプロレスから離れていたファンとか、最近知ったばかりの人はその頃を見ていませんもんね。ちなみに、苦労していないように見られることって、棚橋選手にとっては良いことですか?

棚橋 はい。苦労は見せないようにしていますし、そもそも苦労だとは自分では思っていませんから。

— さすがです。では、今回の反響はいかがですか。

棚橋 嬉しい反応をたくさんもらってます。「読み始めたら止まらなかった」とか、「二周目に入ってます」とか。あと、「仕事に活かせる」とか、「すぐ実践できる内容ですね」とか。思った通りのいい反応をもらえているなと、今のところ思ってますね。

— 棚橋選手といえば、一時プロレスから離れていた古参のファンが戻ってくるきっかけを作ったり、逆に新しいファン層を開拓したりといった、プロレス人気復活の立役者的存在です。ある意味、古い世代と新しい世代両方を相手どって奮闘してきて今に至るわけですけれど、昔と今で、ファンの方の心境の変化など感じますか。

棚橋 いや、僕はプロレスを好きになってくれた人に対して、本当に「ありがとう」という気持ちしかないんですよ。僕なりオカダ・カズチカなりがきっかけでまたプロレスを見るようになったよ、って言ってくれる人には「おかえり」と言いたい。古いファンにも新しいファンにも、変わらず門は開けっ放しでいたいですね。
※オカダ・カズチカ:新日本プロレス所属。2012年2月、24歳という史上2番目の若さで棚橋からベルトを奪いIWGPヘビー級の王者になる。身体能力が高く、「レインメーカー(カネの雨をふらせる=会場に客をよびよせる)」の異名で知られる27歳の若きスター選手。

ハードルは下げて、好きなものは増やして

— 今回の『全力で生きる技術』で私がすごいなと思ったのは、「夢は持たなくてもいい」という見出しで始まるところです。こういう本を手に取ったときに多くの人が想像するような、「頑張れば夢は叶うんだ」という内容の本ではないんですよね。

棚橋 肩の力を抜いて読める出だしにしたかったんです。「頑張れ頑張れ」っていうノリは、やっぱりプレッシャーにもつながるじゃないですか。僕ですら、新日本プロレスがうまく集客できず、自分のプロレスにも納得いかずにすごくやさぐれてた時があって。「頑張れ!」と言われて「頑張ってるよ……」と返してしまったことがありますから(笑)。
 夢を持っている人は持っている人でいいんですよ。ただ、持っていない人に「夢を持て」とは僕は言わない。「読んだら俄然やる気を出さなきゃいけない!」って思われるんじゃなくて、生きていく中での“基本装備”について考えられる本であってほしいなと思って。

— 特別用の大きな刀じゃなく、基本装備なんですね。

棚橋 そう、いつも持ち歩いているサイフとか携帯みたいなね。そういう基本装備をもう一度確認しようよ、ってことなんです。だからここに書いてあるのは、「幸せのハードルを下げてモチベーションを上げよう」とか、「何事にも感謝して生きよう」とか、そういう、生き方のベースの部分です。

— 「大きな夢を持とう、夢は叶うものだからハードルは上げていこう」とひたすら上を向くのではなく、むしろハードルは低くても幸せにはなれるよ、と……。

棚橋 はい。三田さんに言われて改めて確信しました(笑)。これはハードルを下げることを提唱する本です。

— 棚橋選手自身は、幸せのハードルが低い方なんでしょうか?

棚橋 人と比べてどうかっていうことではなく、「幸せの物差し」が自分の中にしっかりありますよ。朝起きて「おはよう」って言って、家族と飯が食えたら幸せを感じるじゃないですか。それでいいんじゃないかな、というのが僕の感覚。

— 少し前の時代には、「プロレスラーはお金をたくさん稼いで、大きな車に乗って豪勢な暮らしをしているものだ」というようなイメージもありました。棚橋選手は、ご自分の幸せのためにそういうイメージの実現は求めていらっしゃらないタイプでしょうか。

棚橋 ある種の虚飾とか、虚勢の作り方は人それぞれだと思うんですよ。こういう風にしたら男らしいとか、こういう美学を貫いていたらかっこいいとか、それぞれの好みは大切にすればいいんです。オカダが高級スポーツカーを買うのだって同じ。僕も金額は大きくないけどちょこちょこ買い物だってしますし、「武士は食わねど高楊枝」という言葉が好きだから精神面ではそうありたいと思っています。

vol.2「生まれたときから『全力』です」につづく

聞き手:三田佐代子 構成:小池みき 撮影:加藤浩

→新刊『全力で生きる技術』の内容が読める抜粋連載はこちら


キャリアのあらゆる場面で挫折を味わってきた著者が、「それでも立ち上がるための人生哲学」を熱く語る!

全力で生きる技術
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この連載について

人生に疲れない技術—棚橋弘至インタビュー

棚橋弘至

野球の道の断念、2度の入門テスト不合格、業界全体の人気低迷、意識不明の重体……何度も挫折と失敗を繰り返しながらも自らを「100年に一人の逸材」と呼びつづけ、新日本プロレス「奇跡のV字復活」の立役者となったプロレスラー棚橋弘至選手。その...もっと読む

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Edi_Jam テイソウ… しかし「申し訳ない」って言っちゃったのか~ >>> |人生に疲れない技術――棚橋弘至インタビュー|cakes(ケイクス) https://t.co/WxySc6SEEu 約5年前 replyretweetfavorite

sizukanarudon 幸せのハードルは低い方がいい。 棚橋弘至@tanahashi1_100インタビュー https://t.co/w9vFU5YgIo 僕なりオカダ・カズチカ@rainmaker_chaosなりがきっかけでまたプロレスを見るようになったよって言ってくれる人には「おかえり」と言いたい。 約5年前 replyretweetfavorite

porpor35 「人と比べてどうかっていうことではなく、「 約5年前 replyretweetfavorite