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ジャムセッション [ACT6-4]

義人は、祐介が警察に保護されたと聞かされ、祐介と母親に会うことにした。祐介は、亡くなった父親の影を追い、街を彷徨っていたのだという。義人にとって、祐介のその思いは、過去の自分のみならず今の自分自身とも重なるものだった。そしてそんな義人を、遠くで見つめているもうひとつ影があった......

 オレが外注を周り公民館の駐車場に車を付けたのは、祐介の母親と約束した時間をとうに過ぎていた。太陽クラブのイベントはすこし前に終わり、鍵を預かる係の子が祐介と母親の相手をして待ってくれていた。

 オレは彼女に礼を言って別れ、祐介たちを隣接した小さな公園に誘った。以前、祐介と一度だけ来たことがあった。一脚のベンチ、一人乗りがふたつの錆びかかったブランコ、二畳分ぐらいしかない砂場、それにペンキのはげかかった亀とウサギの腰掛け。最近取り替えられたLEDが青白い精悍な明かりを放ち、時代から取り残されたものたちを容赦なく炙り出している。

 公園の敷地に入ると、祐介は母親の手をほどき、まっすぐにブランコに走った。その隙に、母親がバッグに忍ばせていた小さな汗拭きタオルをオレに見せた。これなんですよ。縋るような目で、オレなんかに訴える。それは、自殺した父親のスーツに入っていたものだった。祐介は、それをいつもポケットに入れて持ち歩いていたらしい。そして時々、そのタオルを顔に押し付けるようにする。

「交番では、何を訊かれてもずっと黙ったままだったらしいんですよ。名前も連絡先も、一切しゃべらないで」

 SOSのメールを受けた後、母親とは電話で短く話した。「ただずっと外の街をぼうっと眺めていたそうです。それでおまわりさんが、誰か探してるのと訊いたらしいんです。そしたら、ぽつりと。お父さんって・・・」

 それで警官が「うん。お父さんに連絡取ってあげるから、お家の電話番号教えてくれるかな」と訊き、ようやく連絡先を口にしたのだという。祐介のような利口な子でも、おまわりさんに電話番号を教えれば、父親が迎えに来てくれるとでも思ったのだろうか。母親は交番でひととおり事情を訊かされたが、父親のことは話さずにいた。そして礼を言って帰ろうとすると、祐介の他の所持品と一緒に手垢で汚れた汗拭きタオルをこっそり渡されたのだという。「お母さん、お忙しいのは分かりますけどね。子供に持たせるタオルぐらい、毎日きれいに洗ってやってください」

 母親はそれをとっさにバッグに隠し、それ以後、祐介には落としちゃったんじゃないと言って通している。祐介がどんなに泣いて悲しんでも、もうそれは返さないほうがいいと思っています。柏原さん、どう思われますか? オレはその質問に電話でも、そして今、現物を見せられても何も答えることはできなかった。

 ベンチに腰を降ろした母親と離れて、オレは祐介の隣のブランコに座った。座ったとたん、ジーンズをはいた尻がひやっとし、思わず「冷て」と漏らした。受けを狙ったわけじゃない。だが目の端に、祐介がちらっとオレを見たのが分かった。表情を変えはしないが、内心くすっとなったような。

 それからかなり長い時間、オレと祐介はブランコに揺られていた。話すことは何もない気がした。そして話してあげられることも。ただとりあえず、祐介はオレが隣にいることを拒んでいない。それだけで十分な気がした。時間が経つに連れ、急速に夜空の寒さが降りてくる。祐介が吐き出した息が、思いのほか大きく白い輪を作った。それでオレが真似して、さらに大きな白い輪を吐き出してやった。祐介がかすかに笑みを浮かべ、対抗して、息を吐く。オレも、受けて立つ。何度かやり合う。だが大抵こういう場合、子供は延々と繰り返すのが好きで、大人は音をあげてしまうのだ。

「チャンチャン!」

 それでオレは、例の特別のパズルの終わりのように、親父の口癖を言ってやめにした。祐介が、すこしきょとんとした顔でオレを見ていた。こういう時も、チャンチャンって言うの? そんな感じに。

「寒くなってきたな。今日のところは、BFNだ」

 オレがブランコから立ち上がると、祐介も素直に降りた。チャンチャンとBFNのふたつの合い言葉が、小さな体の固まった細胞にほんのすこし酸素を送り込んでくれたようだった。

 そうか。こんなようなものだ。

 思わず呟いた。ケイゾー・ファイルは、こんなふうにシュオンの息を吹き返らせるのだ。

 祐介はもう母親のところに駆け戻っていた。祐介の小さな手をしっかりと握った母親が、深々と頭を下げる。いつものことだけど、対応に困った。ぎこちなくぺこぺこと頭を下げ、それでもどこかで調子に乗ったのか、祐介にこんなことをはじめて言った。

「祐介。おかあさん泣かせたら、パンチだぞ」

 目から耳から鼻から口から、体中の穴から火が噴き出したようだった。自意識過剰にもひとりで照れまくっていると、とっくに母と子は公園を出ていた。星空の下で何度か後ろを振り返り、手を振っている。なんだかほんの二三年前のオレとお袋を見ているような気がした。

 原画の回収は、このあとまだ二軒あった。すっかり冷えた体を摩るようにして駐車場まで戻ると、久しぶりにあの匂いが鼻を霞めた。最近、このミステリーとは疎遠になっていた。第一、こんなトボケた事象に浸っているヒマはなかったのだ。車のキーを押してドアロックを外すと、暗がりで何かが動いた。車内灯が点り、周囲をうっすらと照らす。その明かりがミステリーの絡み合った糸を一気に解すように、匂いの主を浮かび上がらせた。美島こずえだった。冷えきった体を縮め、いつもは乳白色の頬を赤く染めている。涙を溜めた瞳が、まるで怒っているみたいにオレを捉えていた。

 しばらく動けなかったし、言葉も出て来なかった。しびれを切らした彼女が言った。

「そんなにじろじろ見ないでくださいよ。やだもう、マスカラがべちゃべちゃ!」

 やはり美島こずえは、オレと祐介との一部始終を見ていたのだ。

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寺田憲史

「ねぇ、自殺って遺伝するの?」アニメ会社で働く柏原義人は、父親を自殺で亡くした少年・祐介にそう聞かれ、言葉につまる。それは、義人も同じように父を自殺で亡くしていたからであった… 誰もが持っているコドク。そのコドクはどこかで、誰かとつ...もっと読む

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