日本ではありえない!?

発熱と下痢に悩まされる僕。だが、会社設立はいよいよ大詰めだった。病気なんかしている場合じゃないのだ。なんとか立ち直った僕の前に、「マジですか?」と言いたくなることが続く。これっていったい、なにかの罰ゲーム?

 部屋に入ってきた医師…… と思ったら、それはホテルに勤務する看護師だった。う〜〜む。この人で大丈夫なのだろうか? 症状を聞かれながら、熱を測ってもらう。まだ7度台の熱がある。下痢止めと熱さましをもらい、僕はまたベッドに突っ伏した。

 下痢止めが効いたのか、朝までトイレに起きなかった。朝、36度5分。これなら日本に帰れるかもしれない。僕はよろよろと起き上がって荷作りをすませると、すぐにベッドに戻り、出発ギリギリまで眠り続けた。

 気になることが1件だけあった。それは内装業者Kさんのことだった。Kさんとはまだ正式には契約を交わしていなかったものの、工事を引き受けてもらう方向で口約束をしていた。Jセンターと彼との初顔合わせが昨日だったのだが、僕の方は発熱と下痢で打ち合わせどころではなかった。Kさんは「以前Jセンター内で工事したことありますから大丈夫ですよ」ということだった。だから大きな心配はしていなかったが、その顔合わせがどのように進んだのか、少しだけ気がかりだった。かと言って、起き上がってKさんに連絡する元気もなかった。どうせまた1週間後にセブに戻ってくる。その時にまた打ち合わせればいいだろう。

 10時半に目をさますと、また一段元気になっていた。よし、これならなんとか日本に帰れる!ホテルをチェックアウトすると空港へと向かった。一刻も早く日本の医者にかかりたかった。知らない土地で病気するのは心細いものだ。下痢と熱は止まったが、体が重く、だるかった。フライトを待つ時間も永遠のように感じられる。やがて飛行機に乗る。成田に着くとすぐにバスに乗り、その間もずっと眠り続けた。実家に転がり込むと、そこまでもまた眠り続けた。    日曜日の朝、目をさますと、下痢が再開した。フィリピンにいた時ほどではないが、それでもしんどい。トイレとベッドを往復し、1日を過ごした。月曜日にようやく医者に診てもらう。下痢止めをやめるように言われ、代わりに整腸剤が出された。要するに、腸の中が乱れているということだった。「赤痢とかだったらこんなのでは済まないよ。腸を整えればすぐに治ります。」その言葉通りに下痢は落ち着いていった。これで僕の食中毒第1ラウンドが終了したのだが、危機管理について色々と考えさせられる、貴重な体験となった。

日本でも商談
 都内にいる間、僕はもう一人の出資者の由木さんと待ち合わせて、都内のとあるホテルとの交渉に行った。ここは現在僕らが学校を作っているJセンターモールの真上にホテルを作っているのだ。副社長さんが僕らの話を前向きに聞いてくれた。建設中のホテルの内装などもわかり、収穫の多いミィーテイングだった。そのほか、宣伝や商談などで、幾つかの会社を訪問したり、英語関係の有名人に会ったりして、あっという間に1週間が過ぎた。金曜日がやってきて僕は再びcakesの記事を書き成田を発った。

勝手に変えていいのかよ??
 再びセブへと戻ると、Kさんとお会いした。Kさんが手にした新しい図面をみて、僕は驚愕した。

「なんで、ぼくらのフロアの形が勝手に変えられているんですか???」

綺麗な長方形だったはずの部分がなぜか削り取られて謎のスペースが出現しており、代わりに反対側にその分飛び出している。

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フィリピンで起業しました

松井博

2015年6月6日、フィリピンのセブ島にて英語学校を開校しました。起業への思いや、設立までの「フィリピンあるある」などなど、思い立ってから9ヶ月間の足取りを綴っていきます。

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コメント

tamaten_ フィリピンの商習慣のルーズさが非常に伝わってくる記事でした。前向きに見ると未成熟さからポテンシャルを感じさせてくれる。 4年弱前 replyretweetfavorite

Matsuhiro どこの国にも難しさがあるが、克服方法もある。勉強になります。 4年弱前 replyretweetfavorite