@ITでは毎月が戦争だった
加藤 本日はよろしくお願いいたします。僕は最初の就職がアスキーで、藤村さんは僕の大先輩にあたるのですが、アスキーにいらっしゃったのはいつごろですか?
藤村 92年から98年ですね。
加藤 ぼくは2000年に新卒で入社したので重なってないのですが、新人研修のときに、先輩につれられて藤村さんが立ち上げたばかりの会社の@IT(アットマーク・アイティ)に行ったことがあるんですよ。そのとき、藤村さんにもご挨拶しているんです。
失礼な話なんですけど、ウェブでのビジネスモデルが全然わかっていなくて、帰り際に先輩に「あの人たち、どうやって稼ぐんですかね?」と聞いたのを覚えています(笑)。
藤村 (笑)。そう、その当時はみんなに心配されていましたよ。アスキー時代の同僚からも、「藤村さんはいい人だから、きっといつかは報われるよ!」なんて同情される始末で。自分の会社の立ち上げで、あんなに慰められたことはないですね(笑)。
加藤 藤村さんはアスキーではどんなことをされていたんですか?
藤村 アスキーでは当時のブームを迎えていたWindowsに関連するテック系の雑誌の編集部にいました。その後、日本IBMに転職して、ロータスというブランドで、マーケティングの仕事をしていました。
加藤 メディアとITとビジネスという領域にその頃からいらっしゃったんですね。そしてその後、2000年に技術系エンジニアのためのウェブメディアである@ITを創業されるわけですが、これはどういう経緯だったんですか?
藤村 IBMで仕事をしていたときから、これからの時代のヒーローはITエンジニアの方々だと感じていました。そういう方々のクリエイティブな仕事をサポートするようなサービスビジネスをやろうと思ったのが発端です。
そこで、当時ホットな技術だったXMLやJAVAなどのコンテンツをめぐる掲示板やフォーラムを用意したうえで、そこに集まる人たちのコミュニティを形成し、キャリアアップとかスキルアップなどのいろいろなサービスビジネスをいずれ付加していくようなモデルを考えていました。
加藤 へえ。今でこそ「メディアはコミュニティであれ」という話がありますが、そのころからコミュニティを想定していたのですか?
藤村 はい。イメージしていたのがアメリカのAbout.comというサイトで、今のAll Aboutのオリジナルにあたります。テーマごとにガイドというコーディネーターがいて、コンテンツを作って人を集めるモデルでした。そこで集まった人に向けて専門書を売っていたんです。
加藤 へええ。本ですか。@ITでも、本を売るビジネスモデルを考えていたんですか。
藤村 ただ、@ITの場合は、コンテンツに対して広告主が広告を出すというモデルが強力な収益エンジンになってしまったんです。最初に仕掛けたのはコーナーごとにスポンサードしてもらう広告でしたが、そのモデルもだんだん衰退していき、結果的にバナー広告やタイアップ広告、ネイティブ広告のようなものが中心になっていきました。
自分はメディア企業を創業するつもりはなかったのですが、結果としてサイト自体がメディア化してしまったんです。
加藤 なるほど。でも、コーナー単位でスポンサー枠を作るというのもむしろ今、新しいですよね。ハフィントンポストもNewsPicksもSmartNewsもやっていますが、@ITでは当時からやっていたんですね。業績はいかがでしたか?
藤村 苦しみましたよ。VC(ベンチャーキャピタル)から資金を得ていましたが、VCの人たちが社内に入っているので、毎月の取締役会が株主総会状態なわけですよ。「いつになったら黒字になるんだ?」とか「どこかと合併しろ」とか。毎月、戦争でしたね。
加藤 その後、@ITはITmedia(アイティメディア)と合併しますが、それはどのようないきさつだったのでしょう?
藤村 @ITは2003年ぐらいから黒字転換して、2004年は通期で黒字になりました。ただ、今度は自分の考えだけだと中途半端で突き抜けきれない。今の黒字を倍増する、3倍増するような流れが作れないなと思ったんです。
そこで、同じような規模を持っている媒体と組んで、スケール化していく仕組みを考えました。ソフトバンクの運営するメディア企業であるITmedia——要するにライバルですが——の社長の大槻(利樹)さんのところに出向いて、一緒にIPO(新規株式上場)するまでしっかり組みませんか? という話をしました。それが2005年のことです。結局、M&Aということになって、大槻さんが社長兼COO、私が会長兼CEOに就任しました。
加藤 規模的には当時、ITmediaのほうが大きかったんですか?
藤村 ページビューでは10倍くらい大きかったです。ただ、ITmediaは基本的にページビューでバナー広告を取るシンプルなモデルでしたが、@ITはハイバリューな広告の取り方をしていたのでマネタイズする力は強いと感じていました。ですから、自分は対等合併と思っていました。
合併が2005年で、上場したのが2007年。合併する直前は両者とも通期黒字でしたが、株式公開直後にホリエモン事件のライブドアショックがあり、翌年にはリーマンショックが来てしまいました。
新しいつもりが古いビジネスモデルを踏襲しているに過ぎなかった
加藤 藤村さんはITmediaでは、どのようなことをしていたのですか?
藤村 基本は、共通の制作システムの上に、さまざまなコンテンツを乗せていく仕事です。たとえばCMS(コンテンツマネジメントシステム)や、広告を売り切れるような営業組織、デザインや開発チームが共通化していて、その上に乗っているコンテンツがさまざまな媒体というイメージです。合併した当初は@ITとITmediaの2媒体でしたが、それを3媒体、4媒体にしていこうと想定していて取り組んでいきました。
加藤 実際、すごくたくさんのサイトができました。今はいくつぐらいあるのですか?
藤村 今は細かく数えると30ぐらいあると思います。
加藤 それで収益が上がって上場するまでに至ったのに、リーマンショックが来てしまったと。
藤村 はい。じつは私は、株式公開するとき、黒字を出すという意味では盤石の仕組みができたなと思っていたんです。通常の出版社とは違ってリアルなプリント系の媒体を持っていないので、コストも軽くできるわけですから。ところが公開直後、あっという間に赤字に転落してしまった。
加藤 上場した直後に赤字転落すると、まわりから非難の声があがりますよね?
藤村 それもありましたが、なにより黒字から赤字に急転直下で落ち込んだのがショックでした。自分が作ってきたインターネットのビジネスモデルは、かなり良いものに成長させたという思いがありました。でも、そんな思いとは裏腹に、リーマンショックで書籍や雑誌が一気に落ち込んだのと同時に、そういう旧来のビジネスとはトレンドが違うと思っていた自分のモデルも同じように落ち込んでしまったのです。
そのとき、自分がやってきたのはネットに移ったとはいえ、いわゆる20世紀の出版の世界で出来上がったビジネスモデルを踏襲しているに過ぎないのだと直感的に感じました。まったく新しいモデルに行かないと、自分が納得できないという気持ちが3年ぐらい続きました。
加藤 その後、藤村さんはITmediaから離れるのですが、やはりそれはその時の影響がありますか? つまり、そういう広告を売って儲けるビジネスが、もう古いと感じたからということなんでしょうか。
藤村 もう少しいろいろな理由があります。たとえば、@ITを立ち上げたときは、プリントもオンラインも両方あるようなビジネスは止めようと思っていました。アスキー時代に編集部でリアルな紙雑誌の編集長をやっていたからわかりますが、雑誌を支えるのは本当に大変なんです。
それに加えて「これからはネットの時代が来るからネットもがんばれ」と言われる。古いモデルで稼ぎながら、新しいことを考えて育てるというのは無理があると感じていました。
加藤 はい。2つはたいへんですよね。
藤村 それは、モバイルの時代になってからも同じです。新しいトレンドが生まれても、稼げるのは古いモデルだから、みんな古いものは捨てられないし、新しいほうには行きたくない。
それなら古いPCのウェブを全部切り離して、モバイルで食っていくしかない突き抜けたビジネスモデルを自分でやろうと思いました。2007年にiPhoneが発売されて、絶対にこれまでとは違う何かが動いていると思ったのも背中を押したと思います。まったく違う原理を取り込んだメディアビジネスを再構築しないと、21世紀のメディアビジネスにならないような気がしたのです。
加藤 なるほど。ではその後、SmartNewsに移る経緯や今やっていることを伺えますか。
次回「読者はどうやってコンテンツと出会うのか?」へつづく
藤村厚夫(ふじむら・あつお)
スマートニュース株式会社 執行役員、メディア事業開発担当。1978年法政大学経済学部卒業。90年代に、株式会社アスキー(現株式会社KADOKAWA)で月刊誌編集長、ロータス株式会社(現日本アイ・ビー・エム株式会社)でマーケティング責任者を経て、2000年に株式会社アットマーク・アイティを起業。その後、合併を経てアイティメディア株式会社代表取締役会長。2013年4月より現職。現在は、数多くのメディアパートナーとの折衝を担当しています。並行して、個人のブロガーとして、デジタルメディアの将来像設計を中心主題にすえた執筆および講演活動を継続しています。趣味は、野球観戦および野球のまねごとをすること。
構成:大山くまお
ちなみに、cakes1周年を記念して行ったインタビューはこちら。
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