シュオンの「で、どうよ?」というセリフは、あらためてこれまでのシナリオを洗い直してみると、十回以上あった。美島こずえに言われて探したわけじゃない。ケイゾー・ファイルに結びつく手がかりがないかと、シナリオを第一話から読み直してみたのだ。そのいくつもの「で、どうよ?」の中に、彼女が言うように、シュオンという突っ張っている少女の、でもたしかに心の内側が透けて見えるシーンがあった。もうずっと前に書かれた脚本だった。
シュオンとケイゾーは、まだともに七歳。その日は、超能力者の子供を積極的に送り出した“優良家庭”の親が、我が子と面会できる特別の日だった。母親の行方が分からないシュオン、それに生後間もなく親から捨てられているケイゾーには、無縁の日だ。だが手伝いにかり出されていたケイゾーが、全身血まみれになって宿舎に帰ってくる。目蓋は腫れ上がり、目も開けられないほどだった。ケイゾーは親との面会を終えた子を慰めようとして、逆にその子に超能力で攻撃を受けたのだ。親に捨てられたお前に、何が分かるかと。怒ったシュオンはケイゾーの制止を振り切り、相手に存分に仕返しをして戻ってくる。だがそのシュオンに、ケイゾーはこう言って食ってかかるのだ。
「シュオン、なんてことをしたの!」
星山さんのシナリオには、こんなシーンが描かれている。
●教育房・シュオンたちの宿舎内・ある一室
包帯だらけのケイゾー、それでもベッドから半身を起こし、シュオンの腕を引き寄せる。
ケイゾー「シュオン、なんてことをしたの! あの子は、たぶんもう親と会えないんだよ?」
シュオン「だからなんだってんだよ」
ケイゾー「(ぽつりと悲しそうに)せっかくあの子。・・・すっきりした顔になってたのに」
イライラと髪の毛を掻くシュオン、
シュオン「シュオンが悪いのか?」
ケイゾー「そんなこと言ってないよ」
シュオン「お前をぼこぼこにしたあいつは悪くないのかよ!」
ケイゾー「そうじゃないってば。ただあの子は、・・・・きっとぼくたちには想像できないくらい・・・寂しかったんだよ」
シュオン「・・・・!」
シュオンの怒りが爆発し、両掌から超能力(フォースの塊)が噴出する。
シュオン「なんなんだよ、お前は! どこまでマヌケなんだ!」
部屋の壁、床にフォースをぶつけ、めちゃくちゃに破壊するシュオン。
シュオン「お人好しもいい加減にしろ、バカ!」
ケイゾー「シュオン、やめて! そんなことしちゃいけない・・、シュオン!」
シュオンに抱きつき床に転がるケイゾー。
シュオン「その目、見えなくなったらどうするんだよ! 本が読めねぇーって、毎日ぴーぴー泣くのか! ああ?」
もつれ合うふたり。シュオンが、拳を振り上げる。だがケイゾー、ほとんど開くことができない目に涙を浮かべている。
シュオン「(それに気づいて)・・・・・!(固まる)」
ケイゾー「・・・ごめん、・・・ごめんよ、シュオン。・・・・シュオンは、・・・ぼくの目のために、・・・・怒ってくれたんだよね」
シュオン「(言葉に詰まり)・・・こ、この、・・・ボケが・・・」
ケイゾー「シュオンは悪くない・・・.悪くないよ・・・」
シュオン、振り上げた拳をゆっくりと降ろす。ケイゾーがほっとしてシュオンの胸に頬を当て、目を閉じる。
シュオンはすこし戸惑うが、拒むことはない。間が、ある。
ケイゾー「(耳を澄まし)・・・・トクトクトク・・・・」
シュオン「・・・・・・?」
ケイゾー「シュオンにも・・・・ドワーフがいる・・・」
シュオン「なに?」
ケイゾー「ほら、トクトクトク・・・って。これは、ドワーフの職人が、何かを作っている音だよ」
シュオン「ばーか。心臓の音も聴いたことねぇーのか・・・」
言って、はっとなる。ケイゾーは、母親の心音を聴いたことがないのだ。
シュオン「(ごまかして)ふん。まぁた本に書いてあったってんだろ・・」
ケイゾー「(構わず耳を澄まし)・・・トクトクトク・・・。シュオンの中に棲んでるドワーフは、きっと凄く働き者なんだね・・」
困惑するシュオン、だがそれを振り払うように前髪を掻きむしり、
シュオン「で、どうよ?」
ケイゾー「え?」
シュオン「面会に来た親たち見て、すこしは腹が立ったのか? 親、憎む気持ちになったか?」
ケイゾーはそれには答えない。相変わらず、目を閉じシュオンの胸に顔を押し付けている。
ややあって、
ケイゾー「・・・・シュオンの・・・・匂いがする・・・・」
また、間がある。ややあって、
シュオン「・・・犬かお前は・・・・」
ぽつりと呟くシュオン、だがケイゾーに抱かれたままでいる。
そんなふたりに、窓から夕陽が降り注いでいる。
美島こずえが言ったように、シュオンがどれだけ「男前」なのかはよく分からない。だがシュオンとケイゾーの関係の原点となるシーンではあった気がする。
ケイゾーは母親に抱かれた記憶がないから、シュオンの心音を聴いて、好きな童話の本を思い浮かべる。いっぽうのシュオンは、ケイゾーのそんな境遇に思い当たり、言葉に窮してしまう。じつはこのシーンが絵コンテになった時、母親に抱かれる男の子の絵がインサートカットとして付け加えられていた。星山さんのシナリオでは、ト書きで『ケイゾーは、母親の心音を聴いたことがないのだ』と書かれているだけだ。絵コンテマンは、シュオンがそのことに気づいたというのを、絵として挿入したほうが視聴者に分かりやすいと判断したのだ。だが星山さんは、シュオンの微妙な表情がきちんと描かれるならば、わざわざイメージカットを挟む必要がないと主張した。結局、絵コンテマンが付け加えたカットは削除となった。そしてこのシーンのシュオンの心情芝居は外注の原画マンには任せず、大石さんが受け持つことになった。
そして、「で、どうよ?」だ。
シュオンは、たしかこの時はじめてケイゾーに親を憎む気持ちになったかと問いかけ、以後何度か口にするようになる。憎む気持ちが強ければ、それをバネにして戦っていくことができる、生きていくことができる。それは唯一の心の支えであった母親と引き剥がされ、それでも歯を食いしばって生きてきたシュオンの、いいも悪いもない指針だったのだ。
そしてこの頃からオレは、この創作された世界と自分の生きてきた現実とを頻繁に重ね合わせるようになっていた。例え憎しみであってもそれが生きる支えになるのだとしたら、あの時親父はそんなふうにしがみつくものさえ見えなくなっていたのだろうか。そんな思いが、シナリオ打ち合わせの最中、何度もオレの頭をよぎった。
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