A.距離感ゼロ!ご近所さんならば家族も同然、グイグイ「人の人生」にふみこむ荒岩の近所づきあいスキルに注目!
連載開始当初、クッキングパパ荒岩は博多の中心地にある会社からスクーターで5分の好立地にある庶民的なアパートに住んでいた。仕事でも家庭でも万能なスーパーマンぶりを発揮している荒岩だが、近所つきあいの面でもなかなかスーパーだ。
単なる同じアパートの住人というだけで? 若者を料理の道に引きずり込むクッキングパパ!
荒岩は同じアパートに住むご近所さんとの付き合いもぬかりはない。荒岩の住むアパートには、4世帯が住んでいる。温和な老夫婦、大学生の兄と予備校生の弟の上田兄弟、荒岩と同世代の夫婦に幼い女児ひとりの森山一家だ。荒岩はアパートの側溝掃除の際におやつを作ってふるまったり、老夫婦のおばあちゃんと一緒に貧乏予備校生である上田守(弟)に、料理を教えたり、つつがない近所つきあいっぷりを見せている。
アパート総出の側溝掃除のあとにはクッキングパパの作ったおやつでティータイム©うえやまとち/講談社
なかでも上田守は荒岩に料理を教えてもらったことをきっかけに料理の道に目覚め、予備校をやめて料理学校に入学し、アパートを出ていく。普通だったら、アパートの隣人程度の仲なら引っ越してしまえば、ほぼ他人。
しかし守と荒岩の仲はここで終わらない。 守は15巻で料理学校に入学、27巻で居酒屋「松二屋」に就職、37巻で若くして恋人のひとみと屋台「ひとみ」を立ち上げ、107巻でその屋台「ひとみ」に惚れ込んだ若者を弟子として採用するなど、トントン拍子に料理の道を爆走中。
荒岩は守の料理学校時代も大事な卒業制作試験のことを相談されたり、料理人になってからも新メニューを一緒に開発したり、面倒見のよさを発揮。料理の道の先輩として、またなんでも相談できるおじさん的な存在として、守から絶大な信頼を寄せてられている。守の料理道の爆走っぷりも、荒岩が導いていると言っても過言ではないのだ。 荒岩は守が屋台の主となったいまでも協力を惜しまない。
守が師匠の松二からサプライズ旅行をプレゼントされて広島旅行に行っているときに、松二とともに屋台「ひとみ」を勝手に開店しているくらいだ。
勝手に屋台を開ける荒岩たち ©うえやまとち/講談社
現代の普通の感覚では「いくらなんでも勝手にひとの店開けるのはまずいのでは……」と思ってしまうが、荒岩にとって守はもう家族同然、問題ないのだ。最初は単なる同じアパートの住人というだけだったのに、ここまでの仲になるとは……料理が間に入ればガッチリと絆ができてしまう。料理の道に引きずり込んだからにはキッチリと面倒をみる、それが荒岩という男なのかもしれない。
このように荒岩は、あくまで笑顔で和やかに、しかし、いつのまにかジワジワと人に人生にガッチリ食い込んでいくようなパワーを持っている。
そんな荒岩が一度だけ、正面から隣人に説教をかましたことがある。
3月の半ばの雪の降るある日、上階の森山一家の身重の奥さんが、アパートの階段で足をすべらせて階段を転げ落ちるという事故が起こる。荒岩夫妻が救急車を呼んで近所の病院に運ばれ、大事には至らなかったものの検査のため入院することになってしまう。
そんな状況に駆けつけた夫の森山氏は大慌て。
妻の入院中、純子ちゃんを預けられる人を探すがなかなか都合がつかない。仕事で重要な契約を控えている森山夫は完全に余裕をなくしてしまい、預け先を探す電話でも「子供の面倒なんか見てる暇ないんだよ」と口走ったり「あいつなんだってこんな時に入院なんかしやがんだ」とか言う始末。
完全に余裕をなくす森山氏©うえやまとち/講談社
当時は1987年、バブル崩壊前。森山氏のように「会社の仕事こそが男の役目、家庭のことや育児はすべて妻の仕事。俺は忙しいんだ! 家のことで煩わせないでくれよ!」というような考えの男性は少なくなかったのかもしれない。
しかしいまの時代の私が森山氏のセリフを読むと
「うわ~……」と引いてしまう。
ただでさえ家族を大切にし、いつも優しい荒岩を見慣れていればなおさらだ。森山氏は完全にクッキングパパの逆を行く人物なのだ。そんな森山氏に荒岩は「余計なことですが」と前置きし、かなり踏み込んだことを言う。
「いま純子ちゃんはおかあさんが入院して頼れるのはおとうさん あなたひとりだけなんです」「いろいろ事情はあるでしょうが自分の娘よりも大切な得意先ですか」と言ってしまうのだ。
余裕をなくす森山氏に炸裂する荒岩のマジ説教©うえやまとち/講談社
いや、その通りだけど……! それ言っちゃうんだ!
テンパってちょっとみっともない姿をさらす森山氏に対して、追い打ちをかけるようにオブラートにも包まずむき身の正論を浴びせかける荒岩の言動に私はギョッとした。
こんな荒岩はあまり見たことがない。
怒っている。
荒岩は相当怒っている。
荒岩はいつもは他人に余計なことを言ったりせず、人それぞれ違った事情があることを察して、けっして押しつけがましいことは言わない男。でもこの森山氏への発言は、ともすると森山氏の至らなさを指摘するだけの「上から目線」のセリフにも聞こえてしまう。
下手すりゃケンカレベルだ。
おそらく荒岩は、純子ちゃんが父親の余裕のなさを目の当たりにして、自分の存在が厄介なものになっているという空気を感じて、不安な表情を浮かべているのを見て、父親にガツンと言うしかない! と踏み切ったのだろう。小学生の頃から忙しく働くシングルマザーの母に代わって幼い妹の世話をしてきた荒岩からみたら「全然わかってない、こいつ……!」という思いもあったのかも。
しかし荒岩の言葉を無言で受け止めた森山氏は決して逆上したりせず(荒岩のあのガタイと険しい表情を見たら誰でも萎縮すると思うけれど……)、妻の入院中に純子ちゃんと一緒に過ごすことを決意する。そんな森山家に笑顔であたたかい鍋を差し入れする荒岩。
アフターフォローも万全なところが荒岩らしいが、森山氏としてはさっきあんな怖い顔で説教してきた隣人が数時間後には満面の笑顔で鍋を持ってくるなんて、相当ビビっただろう。
アフターフォローは完璧©うえやまとち/講談社
当時としては男性が家庭のことで休みを取りづらい空気があっただろうし、森山氏が特別未熟な父親というわけじゃなく、こんな感じの男性が多かったのかもしれない。誰もが荒岩のように仕事も家庭も完璧にこなして生きられるかというと、それはとうてい無理な話だろう。
それをわかってるからか、森山家に差し入れを届けたあと「さっきは勝手なことを言いまして」と重ねて言っている。 もしかして荒岩は森山氏に説教したあと「うわー、いくらなんでも言い過ぎたかな……」と思って速攻で差し入れの料理を作ったのかもしれない。
このあたりのバランス感覚に、荒岩のただならぬ気遣いが感じられる。荒岩はお隣に住んでほしい漫画キャラクターNo.1かもしれない。
21世紀の今もクッパパファンの心を鷲掴みにして離さない、永遠の神回…… 出兵した夫を待ち続けたおばあちゃんのためだけにいれる、とびきりのコーヒー
古参クッキングパパファンにとって、もうひとり忘れられない荒岩のご近所さんがいる。
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