塩谷瞬×栂野眞二ー特別対談【前編】「日本はチャンスだらけだよ!」

グルメ雑誌で「東京No.1のカレーうどん」と認められる名店「JAZZ KEIRIN」という異色の創作うどん屋の店主・栂野眞二さんはうどん屋を開くまで、世界を放浪し、最貧国のひとつであるネパールで、日本語教師として暮らしていたこともあります。ボランティアとしてネパールの支援活動を続け、ネパールの親善大使としての活動を続けられている、俳優の塩谷瞬さんとの特別対談をお送りします。

日本はチャンスの国だ

栂野眞二(以下、栂野) 日本って、どこに行っても蛇口をひねれば水が出るでしょ。塩谷さんはボランティア活動とかで、いろんな国に行って現実を見てるから、そのことの意味が分かると思うんだけど。

塩谷瞬(以下、塩谷) そうですね。

栂野 僕なんかこうしてお店をやっていて、若い人たちも来るでしょう。日本にはチャンスが無いって思い込んでいる若者って、けっこう多いんですよね。
「栂野さんの時代はいいですよね、バブルだったし、高度成長期の時代で。でも今の僕等には仕事もないし、なかなか正社員にもなれないし、将来的にも明るいものが見えない」って、そう言うんですよね。だけど、僕とか塩谷さんみたいに、それこそ先ず今日は水をどう手に入れよう、どこに行って水を汲んでこようとか、今日の食物をどうしようとか、そのレベルの生活を生で見て、経験もした人間にとっては、この国に生まれたことが既に、宝くじに当たったようなものじゃんて思うでしょ?

塩谷 思いますよね。産み落とされたあと、親の顔を知らずに暮らしているような子供達も世界にはたくさんいます。僕はそのような子供達の支援を続けて、実際にいろんな国を回っています。臓器売買のターゲットになっているような子供達も、世界には本当に多いですよ。

栂野 そうなんですね。僕の本にも書きましたけど、例えば「ネットカフェ難民」? おまえら本当の難民の人達を見たことあるのかと思うわけですよ。クーラーが効いていて、パソコンがあって、足はゆっくりと伸ばせないかもしれないけど、それでもソファみたいなものがあって、そこで眠れて、虫に刺されてマラリアとか、そういう命に関わる病気になるから注意しなきゃとかいう不安だってない。

塩谷 本当の難民の状況を想像するのは、難しいかもしれませんね。

栂野 そういうラッキーなところに君たちは生まれてきているんだよと伝えたいですよね。意志さえあれば、いくらでもそれを実現できるチャンスがあるのに、自分達にはチャンスが無いって思い込んでしまっている若い人が多いんです。だけど実際は、日本はチャンスだらけの国です。

塩谷 「日本はチャンスだらけだよ!」って、ネパールの友人のひと言、本のなかで印象的でした。

栂野 日本で本当に困ったら、コンビニに入ってトイレを借りて、洗面所でちょっと蛇口をひねれば水を飲めるでしょ。ところがそんなことができない国のほうが世界には圧倒的に多いっていうのはご存知でしょ?
 9割方そんな世界ですよね。その半面に、主に欧米とか先進国で、生きるためのベーシックな部分が先ずは保証されているという世界もあって、日本はそれの最たるものです。おまえら日本に生まれてるんだぞ、チャンスが無いとか、なにを言っているんだよという思いがあって、この本を書こうと思ったんですよ。

塩谷 そのメッセージは、強く伝わってきました。

栂野 ネパールに行って生活してみろとか、東ティモールに行って泥水飲んで暮らしてみろとは言わないけれども、そういうところで生きている人達が世界には本当にたくさんいて、彼等は奇跡的なチャンスでもつかまない限り、なかなか這い上がれないですよ。でもここは違うでしょ? 日本国籍を持って生まれた瞬間に、大チャンスをもらったようなもんなんだよということを、先ず分かってもらいたい。

塩谷 本当ですね。チャンスは沢山ありますよね。そのなかで、苦労と努力をすることも大切だと思います。自分の半生とかを聞かれて話すと「大変だったね」とか「苦しかったね」 とか言われるんですけど、「あ、それはちょっと違うな」と感じる時があります。

栂野 僕なんかはただのうどん屋のおやじだから、塩谷さんのように発信力があるわけではないんですが、それでも、気持ち的にヤラれちゃってる人達に「大丈夫。やれるんだよ」っていうのを伝えて、なんとかそういう気持ちになってもらいたいんですよ。

塩谷 先人の言葉っていうのは有り難いもので、例えば「若いころの苦労は買ってでもしろ」とか、「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす」とかいう言葉 って、すごく大切だと思います。僕も幼いころから親と離れて暮らす生活をしてきました。

栂野 経験からしか学べないことが本当に多いんですよ。

塩谷 だから叩き上げでやってきたし、辛さとか苦しみを味わってきたからこそ、人の痛みも分かるよになったということもあると思います。僕にとってすごく大切なことだったと思っています。若い世代の人達に対して、僕も栂野さんと同じように感じていることもあります。

夢を持って欲しい

塩谷 10歳から働くことを覚えて、14〜15歳で飲食店を開いて、スタッフを抱えて経営してみてそれが成功しました。社会人としての成功を夢見ていたのがその頃ですね。その時に仲間が応募したオーディションで75000分の2位に選ばれて、今しかできない事に挑戦してみたい、つまり「俳優になる!」という次の夢が決まりました。

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タワシ王子の人生ゲーム

栂野眞二

都内で「JAZZ競輪」という異色のうどん屋を経営する栂野眞二氏。海外で起業し、「タワシ王子」と呼ばれるほど大成功したものの、その生活を捨てて競輪の旅打ちへ・・・そしてはじめた創作うどん屋の大繁盛。普通の人の何倍分もスリリングで濃密な人...もっと読む

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