電気サーカス 第57回

ネットの常時接続が普及しはじめた時代。『テキストサイト』を開設した“僕”は、友人や高校を登校拒否中の真赤と共同生活を送る。彼らとそれなりに充実した毎日を過ごしていたが、無職生活がたたり貯金が底をついたため、就職を決意して……。

 柾木社長から新しく紹介された仕事は、前に持って来た、タイやらインドやらへ行けという奇想天外なものとは違い、随分と常識的なものであった。プリンターやPCの出張修理をしろと言うのである。以前に逆野も期間限定で働いていた会社で、もちろん、勤務地は日本国内である。しかも、乗り換えなしで行ける場所だ。それならば、勿論僕には断る理由がなく、了承をした。
 そして、面接の日が訪れる。僕は真赤を連れて、時間より少し早めに柾木社長の指定した場所までやって来た。最寄り駅から二十分ほどの駅を降りて、階段を昇るとすぐ目の前にビルがあり、その玄関口で柾木社長と合流することになっている。ということは、このビルの中に目的の会社があるのだろう。
 よく晴れて、青空が高く、日差しの暖かい日だった。僕はタミさんから拝借したスーツに身を包み、タミさんの所有である革靴を履いている。そして脱色と染色を繰り返して無惨な色になっていた頭髪も前日に黒く染めており、ビルのガラスに映った姿が、まるで別人のようで落ち着かない。
「じゃあ、この近くで待ってて。終わったら連絡するから」
「うん、うまく行くといいね」
「まあなんとかなるよ。ほら、社長が来ちゃうからさっさと離れて」
 シッシッと、犬猫を追い払うような手振りをすると、真赤は笑い、スカートをひらめかせながら去って行った。
 普段身につけないネクタイの、結び目の形にどうも違和感があって仕方がない。扉のガラスに反射した自分の姿を見ながら何度も直していると、柾木社長があらわれた。電話やメールでは何度かやりとりをしたが、実際に会うのはこれが初めてだ。禿頭の人物で、若かりしころはさぞかし美青年であったろうと思われる、二重の目元が涼しい人物であった。
 挨拶もそこそこに、彼はビルの中に入るように促す。思った通り、ここに派遣先となる会社が入っているそうで、僕はこれからそこの責任者と面接をすることになっているらしい。
「そう言えば、逆野は元気にしてるか? 最近会っていないんだ」
 玄関ホールでエレベーターを待っている間、柾木社長はそう尋ねて来る。
 はいと頷くと、彼は笑声をあげ、
「それはよかった。いやあ、彼にはよく働いてもらっているからね。ここの会社でもよくやってくれたから、こうして今回の話に繋がってるわけなんだよ。きみも感謝しないといけないぞ」
 そこでエレベーターが到着したので、僕らは乗り込んだ。彼は五階のボタンを押す。僕は黙ってそれを眺めている。
「今日の面接の注意点なんだけれどね。私は先方にきみのことを、逆野と一緒にホームページを作っている仲間だというふうに伝えてある。それから履歴書は、勝手ながら、大学の中退ってところだけ卒業に直させてもらってから渡した。だからその辺りはうまくあわせてくれ。まあ、ほとんど私が喋るから、頷いてくれるだけでいい」
 この人だって僕のことなど殆ど知っちゃいないのに、かわりにどうやって面接を切り抜けるつもりなのだろう?
 それに、ホームページを作る仲間ってどういうことだ? おそらく、逆野と僕の関係性と、ITスキルの両方をアピールするつもりなのだろうけれど、あまりにも曖昧模糊とした表現で、もし僕がそんな漠然とした説明をされたら、戸惑ってしまうだろう。そもそも、ウェブページやウェブサイトを『ホームページ』と呼ぶこと自体に、世間では当たり前になっているとはいえ、むにゃむにゃとした割り切れぬものを感じる。これは僕がインターネットオタクだからだろうか。
 まあ、任せろというのなら、そうする他はないのだけれど。
「わかりました」と頷くと、「頼むよ」と彼は言う。
 それにしても、どうせ改竄されるのなら、最初から卒業と履歴書に書いておけばよかった。どうして事実をありのまま書いてしまったんだろう? なんだかこれじゃ、僕が馬鹿正直な、純朴な青年みたいで恥ずかしいじゃないか。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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