ネオシティポップは「量」の勝負へ
柴那典(以下、柴) 前回の「音楽と資本の蜜月の終わり! ネオシティポップの"新しさ"とは」では、最近脚光を浴びている「ネオシティポップ」のバンドが登場してきた背景に、お金をかけずにインディーレーベルでも良質なポップスを作れる環境が充実してきたことにあるという話でした。
大谷ノブ彦(以下、大谷) いやあ、すばらしいことですよね。この先はどうなっていくんでしょうかね? それがすごく気になる。
柴 どうなるんでしょうね? 大谷さんはどう思います?
大谷 70年代のシティポップの中心にいた人たちは、その後80年代のアイドルブームを支えるようになりましたよね。松田聖子がまさにそうだった。
柴 そうですよね。松本隆さんが歌詞を書いて、細野晴臣さんや大滝詠一さんが曲を書いて、ティン・パン・アレイの面々がバックで演奏していた。だから松田聖子の曲はポップスとしてすごく洗練されていた。
大谷 それをふまえて考えると、極端な話、この先にAKB48にceroが曲提供するようなこともあるかもしれない。
柴 ははは! でも、ほんとにそうなったら楽しみですよね。今の彼らが好きな人は「魂を売った」みたいに思うかもしれないけれど、ポップスの歴史としてはむしろ王道かも。
大谷 そうなんですよ。ポップというのはアティチュードだから。80年代だってアイドルから入った人が「あれもいい、これもいい」と気付いて、そこからシティポップを聴き始めて、さらに広がっていった面もあったと思うし。
柴 そうそう、最近、松本隆さんにインタビューする機会があったんです。その時「どうして歌謡曲の世界に行ったんですか?」と聞いたら、「自分ははっぴぃえんどで質の部分はやりきったから、ここから先は量だと思った」と。
大谷 流石だなあ。
柴 つまり、不朽の名作を作った自負はあるから、次は大衆に届くものをやろう、と。しかもそう考えたのが20代半ばのころですからね。まったくかなわない、って思いました。
大谷 これはもう、松本隆さんがそういう使命を感じたということなんでしょうね。前に「アジカンのミッション、Ken Yokoyamaのパンク・スピリット」の回で語った「使命感」の話ともつながるけれど、時代の流れの中で自分がそれをやる役割を背負ったということ。
柴 それが松本隆さんが歌詞を書いて大ヒットした太田裕美の「木綿のハンカチーフ」だったし、松田聖子の曲の数々だった。日本のポップスを作ってきた人の一人として、すごく説得力ある言葉でした。
大谷 で、今の時代、そういう位置に立っているのは、間違いなく星野源だと思うんです。彼はまさに時代に選ばれたアーティストになりつつある。
柴 彼はこれから国民的なスターになりそうな予感がしますね。
大谷 星野源は細野晴臣のことを「音楽の師匠」と言っているんです。つまり、はっぴぃえんどをやって、YMOをやって、まさに日本のポップスを作ってきた最重要人物の一人である細野晴臣さんのやってきたことを踏襲して、それを大衆化させている。
柴 たしかに。ネオシティポップのこの先がどうなっていくのかということを考えても、星野源の動きはすごく象徴的ですね。
大谷 というと?
柴 もともと彼はceroと同じ「カクバリズム」というインディレーベル兼事務所に所属していたんです。でも、今年になってサザンや福山雅治の所属する大手のアミューズに移籍した。松本隆さんになぞらえて言うと、いよいよ「量」の勝負に出てきたとも言える。時代の変わり目という気もします。
見たことのないものを描くための「ライラック技術」
大谷 細野晴臣さんのキャリアを振り返ると、すごくおもしろい時期があるんですよ。はっぴぃえんどが解散して、ティン・パン・アレーを結成して、まさに70年代のシティポップの全盛期に、ソロではオリエンタルな路線を追求していた。
柴 『トロピカル・ダンディー』『泰安洋行』『はらいそ』という、「トロピカル三部作」と言われてる時期ですね。
大谷 ハワイとか中国とかベトナムとか、南国の音楽をごった煮にして、「あれ、ここはどこの国なんだろう?」みたいな音楽を作っていた。それを今の時代にまったく違う角度でやっているのが、王舟というアーティストだと思うんです。彼もネオシティポップの一角だと思うんですけれど、「Thailand」という名曲があって。
柴 王舟は上海出身のシンガーなんですよね。今は東京に住んで活動している。
大谷 彼はスピッツとかのJ-POPを聴いて育ってきた世代なんですよね。そこから「音楽ってもっと自由でいいんだ」って感じて、今は英語と日本語が入り混じった感じで曲を作っている。
柴 なるほど。僕らが洋楽を聴いて刺激を受けるのと同じように、彼は日本のJ-POPに刺激を受けてきたわけだ。
大谷 で、おもしろいのが「Thailand」という曲名なのに、タイの描写が一つもないんです。
柴 ほんとだ。「タイってどこなの?」って英語で歌ってる。
大谷 そういう風に、行ったこともない場所のことを思い浮かべて曲を作る。そこから不思議な異国情緒が生まれる。これって細野イズムだと思うんです。
柴 なるほど。「トロピカル三部作」でやってたエキゾチシズムと同じだ。
大谷 で、こういう曲の作り方を僕は「ライラック技術」って呼んでるんです。