電気サーカス 第55回

ネットへの常時接続が普及しはじめた時代。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、友人や高校入学を控えた真赤と共同生活中。オフ会に参加したりと充実した毎日を過ごしていたが、無職生活がたたり、母親に金を無心することになってしまう。

 昼過ぎになって目が覚め、飲み物を取りにリビングに向かうと、T川君がペットボトルからグラスにお茶を注いでいるところと出くわした。
「それはなんのコスプレ?」
 彼は真赤の姿を見て、目を丸くする。真っ赤なチャイナドレスは部屋着兼寝間着だと説明すると、納得したような、出来ないような、判じかねる表情で黙り込んだ。
 今日の彼は機嫌が良いらしく、彼に続いてお茶を飲み始める僕ら二人に、近くにあるどこそこのスーパーが安くて良さそうだった、駅前のなんとかという飯屋は不味そうだった、と、散策の結果を報告する。何か良いことでもあったのか、と思いながら聞いていると、やはり良いことがあったようだ。
「今度五月にRX-78-2ガンダムの新しいプラモが出るから、今日予約したんだ。すごく出来が良さそうなんだけれど、ミズさんもどう? 買う?」
 と、いつも通りのポーカーフェイスであったけれど、口調にはその喜びが隠しきれない。
「プラモデルなんて懐かしいな。そのガンダムって最初のやつ?」
「うん」
「じゃあ買う。おれのも予約して」
「わかった。おれがやっとくよ。あとそうだ、今月はジムが出るんだけど、そっちもどう?」
「それはいらない」
「ガンダムより安いよ」
「いらない」
「そうかあ。残念だなあ。おれはジムの方が好きなんだけどなあ。あ、じゃあ、真赤って言うんだっけ。きみはどう? ジムを買わない?」
 珍しくT川君から話しかけたが、
「いらない」
 と、真赤はまるきり興味がなさそうだった。
 部屋に帰ってから僕は、自分が子供の頃にどれだけガンプラが流行ったか、という話をした。特に僕はBB戦士というやつが好きで、それは手に持たせた銃からBB弾というプラスチックの弾丸を発射出来るプラモデルであった。あれで猫を撃っても、威力が弱くて気づかないくらいなのだけれど、楽しかった。お前は若いから知らないだろうけど、そういうブームがあったのだ。他にキンケシという玩具や、ビックリマンというシール付きのチョコレートがあって、小学校の裏の公園で売り買いをして怒られたのだよ。懐かしくなって僕はつい多弁になったが、真赤は気まずそうに愛想笑いを浮かべるだけである。そして、そもそもガンダムを観たことがないと言う。ロボットが出てるということくらいしか知らない。
 そうなのか。僕が子供のころはしょっちゅうテレビ埼玉で再放送をしていたのに。その他にも、妖怪人間ベムとか、アタックNo.1などが放映されていたのだよ。しかし、やはり真赤は僕の昔話には関心がない。部屋の端に落ちていたカールの袋を手にとって、中が空なのを確認すると、また放り投げた。
「そういえば昨日はご飯を食べたっけ?」
 尋ねると、真赤は首を横に振る。
 とすれば、僕らはこのチーズ味のカール一袋を二人でわけあって、それで一日を過ごしてしまったということか。これは僕が迂闊だった。さぞかしひもじい思いをしただろう? と聞いてみても、真赤はそれほどでもないと首を振る。確かに僕もそうだ。ちっとも動いていないからな。思えば昨日はトイレ以外部屋を一歩も出ていなかった。そしてネットを見て眠るだけだった。あっ、ということは風呂にも入っていないのか。これはいけない。人間として最低限の矜持を放棄してしまっている。することが、何一つないのが僕らを堕落させているのか。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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