電気サーカス 第52回

ネットへの常時接続が普及しはじめた時代。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、友人や高校入学を控えた真赤と共同生活を送る。ある日、共同生活中のマンションにサイトを通じて知り合った宇見戸が来訪。オフ会をやろうと盛り上がり……。

 薄暗くかび臭い階段を、カンカンと跫音を立てながら上っているのだが、こんなに高いビルなのに、どうしてエレベーターがないのだろう。まったく、来客に対する思いやりが足りない。飲食店へ向かう階段だというのに、商売をする気がないのだろうか。
 いや、僕は階段を上るのがつらいから、膝や腰が苦しくなってしまったから、こんなことを言っているのではない。客に寂しい通路を上らせるその態度が気に入らないのだ。おもてなしとしつらえの心を説いた千利休ならば、はげ上がった頭を真赤に染めて雪駄を責任者に投げつけていたに違いない。利休でなくとも、僕だって、雪駄を履いていたらそうしたろう。しかし僕はいつもの黄色い靴を履いていた。嗚呼、これでは投げることなど出来ない。大体、誰に投げつければいいのか? 階段に、責任者なんぞ存在するのか。見当違いに憤り続けるのが、それが僕の人生なのか。
 僕が己の人生の徒労に思いをはせてぐちぐちと独り言を垂れ流し続けている間、タミさんは、そしらぬ顔で階段を上がっている。僕のようなことは、ちっとも考えないに違いない。彼は、どちらかといえば状況を黙って受け入れてしまうタイプだからな。しようがない、と諦めているのだろう。それは実に悲しい心術だ。諦めていては何も変わることなどないというのに。
 そして四階まで上り、辿り着いた居酒屋が、真赤の主催するオフ会の会場だった。
 中年女の店員が出迎えて、宇見戸の名前で予約がないかと尋ねると奥の座敷に案内される。既に参加者の殆どは到着して席についている。
 真赤は一番最初に来ており、上座の方で宇見戸やクサノと談笑していた。クサノと会うのも久しぶりだけれども、最近彼はテキストサイト界で自分の勢力を広げているそうじゃないか。多くのサイト管理人たちと交流を持ち、つるみ、そのグループをまとめて『周辺』と呼んだりするのだと宇見戸は言っていた。クサノ周辺。
 彼らと軽く挨拶をする。真赤とも、頷きあう程度で済ませる。今日はわざと彼女と時間をずらしてここに来ていた。既に何人かは僕らの関係を知っているし、別段完全に隠蔽しきろうという気もないけれど、わざわざ一緒に現れて今日この場で話題にされるのも気が進まない。他人に私生活をあれこれと詮索されるなんてたまったものじゃないのだ。
 他の席は大体埋まっていたので、僕とタミさんは部屋の端の方に陣取った。
 今日集まったのは、真赤がICQで直接誘った、彼女の知り合いばかりである。みな二十前後。僕と同じような年頃の、学生だかフリーターだか知らないが、そんな社会的責任を背負ってなさそうな連中ばかりであった。テキストサイトでオフ会を開くと、示し合わせたわけでもないのにこのような年頃の連中ばかりが集まるらしい。最も時間をもてあましている年齢層ということなのだろうか。
 近くに座っていた先客と、例によってサイト名とハンドルネームを自己紹介する。お互い聞いたことがある名前で、あなたがあの、と、いかにもオフ会らしいやりとりをした。規模の大きかったRMと違って、真赤や宇見戸が直接誘った、そう遠くない繋がりの人間ばかりだから、大体お互いをなんとなく知っているのだ。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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