世界初の日本語で会話できるコンピューターを開発!
—— 黒川さんの研究で知られているのが会話ができるコンピューターです。この研究の成果も『英雄の書』の内容に反映されているんですか。
黒川伊保子(以下、黒川) もちろんです。20代後半、コンピューターに人間の会話を理解させる研究を本格的に始め、その方法論が成功し、日本語で話しかけられるコンピューターを世界で初めて作ったんです。これは大型機の環境では画期的なことで、それが実現できたのは「会話なんて適当なものじゃない?」という女性脳ならではの発想でした。当時、自然言語解析というのは、おもに男性研究員の方々が地道に解析されていて、「て・に・を・は」がどこにかかるか、といった解析だけで一生かけてる、なんて方もいらしたぐらいで。
—— 改めて考える接続詞ってすごく複雑ですよね。でも、実際に話すときに「て・に・を・は」気にすることはあまりないような気もしてしまいますが。
黒川 そうなんです。例えば、喫茶店で「コーヒーお願い」と言ったときに、コーヒー「を」なのか、コーヒー「で」 なのかなんて、気にしませんし、そもそも音声認識はある程度似ていればOKなので、「ホーヒー」と言っても通じる。だから、細かいことを延々研究しても意味がないし、そんなに膨大な情報を組み込んだら、どんなにコンピューターにメモリーがあっても足りないですし。
—— たしかにそれだと切りが無くなりそうですね。
黒川 だから私が担当した原子力発電所の事故情報システムでは、質問からまず「て・に・を・は」を省いた残りの単語で検索し、回答させたんです。もちろん「て・に・を・は」や「and・or・but」が必要な場面も少しはあるので、そのときだけそれらを解析させ、さらにコンピューターが勘違いしたときは再処理させることで、メモリーの小さい当時の大型コンピューターでも、実時間処理で会話ができるようになったんです。原発の技師さんが聞きたいのは事故や故障のことに限られてるんだから、単語だけ引き抜けば充分、ということに気づいたのが成功の秘訣でした。
言葉の語感の違いに気づいたことが感性分析の原点に
—— 人間と会話ができるコンピューター、と聞くだけで「AIが飛躍的に進歩した」という感じがしますね。
黒川 ところがその後、コンピューターが「はい」と言いすぎるとクレームが入ったんです。例えば「1980年代に アメリカで細管破損事故があったよね?」という質問をしたら、「はい。○○の事故ですね」といった文章が返ってくる。続けて「図面はついてる?」と聞くと 「はい」、「15分以内にファックスできる?」にも「はい」と画面に出るわけなんですが、そのとき「はい」が3つ以上並ぶと冷たく感じる、と言うんです。 さらに、人間同士の会話なら「ええ」や「そうです」とか色々な言い方があるだろう、と。
—— それはなんとも興味深い反応です。
黒川 ただ、「はい」「ええ」「そうです」はどれもyesという意味なので、データベースではどれも“肯定語”としか入れられず、結局その3つが同じ条件で出てきてしまう。そこで、ランダム関数というのを入れ、ランダムに答えが出てくるようにしたら、今度は「ここは 『はい』と言ってくれないと不安になる」とか「ここは『ええ』と優しく言ってほしい」というクレームが上がってきたんです。
—— 日本語って難しいですねえ。
黒川 しかも、複数の人が同じ場所で同じことを感じるんですよ。「やってくれますか?」に対しては「はい」と言ってほしいし、「ええ」では不安なんです。逆に「ありますか?」なら「ええ」で充分とか。それはつまり、私たち日本人はただランダムに返事をしているのではない、ということを示していることに他ならない。その違いはなんだろうと考えたときに、それは恐らく語感だろうと思いついたことが、現在の感性分析に繋がっているんです。