「お約束」で始まったのに、変化していった長編シリーズ
BLジャンルの成熟によって、物語のはじめの頃はホモフォビアを当然の前提として利用した定型BLだったのに、長期間にわたって連載されていくうちに逆に現実社会よりもホモフォビアを克服した価値観が表明されるように変化する作例もある。作家がタイムリーに同性婚法制化などの世界の情報を得ながら、では、自分が長らく描いてきた男同士カップルならどう行動するか、彼らを囲む周囲の人々や社会がどうあれば彼らがハッピーになれるだろうかと誠実に想像力をはたらかせた結果だろう。
作例としてまず『寒冷前線コンダクター』から始まる「富士見二丁目交響楽団シリーズ」(秋月こお/1994-2013)をあげる。本書第二章のBL定型分析でも例にあげた作品だが、連載開始から十数年を経た『嵐の予感』(2006)でのエピソードを見てみよう。桐ノ院圭(「攻」)と守村悠季(「受」)はアマチュア・オーケストラ「フジミ」の指揮者とバイオリニスト兼コンサートマスターとして出会ったが、この時点で桐ノ院は国内外で高い評価を得ており、守村はプロとしては駆け出しの新人。
嵐の予感 富士見二丁目交響楽団シリーズ 第6部
(角川ルビー文庫)
桐ノ院が常任指揮者をつとめるMHKフィルハーモニー交響楽団(M響)の二か月後の出演をキャンセルしてきた有名ソリストの代わりに、桐ノ院が守村を推しているのだが、M響事務局長は守村の実績不足と、桐ノ院と「深い仲」にあるという噂から逡巡している。この時点のふたりはごく親しい人たちにはカミングアウトしているが、世間一般に対しては一軒家をシェアしている演奏家友達だということにしている。
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