BL進化論

かならずしもセックスはいらない。BLにおける「愛の定義」

「ボーイズラブ」と言えば、男性同士が肉体的な関係を持つイメージがありますが、必ずしも性愛に帰着するわけではありません。むしろ、この気持ちが性愛なのか友情なのかの間でゆれうごく心の変遷を丁寧に描いた「愛の物語」を好む読者も少なくないようです。1970年代から2010年代の代表的BL作品から、愛の定義を検討していきます。BLと女性のセクシュアリティーズをテーマに博士号を取得した溝口さん初の著書『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』の内容の一部をcakesで特別公開します。

「ラブ」はひとつだけじゃない

「ボーイズ」の「ラブ」を軸とするBLだが、実は、愛の定義そのものを検討する作品が多いのも特徴だ。

たとえば、『八月の杜』(TATSUKI /2010)では記憶喪失エピソードが採用されているが、忘れられてしまった側の不安や葛藤の描写があった後に、記憶が戻り、ふたりは以前よりも強く結ばれる、という定番の展開ではない。

八月の杜 (マーブルコミックス)
八月の杜 (マーブルコミックス)

主人公の記憶は、ちょうど相手と恋愛関係になったあたりからの記憶が戻らない(クラスメイトであることは覚えている)。しかし、頭では思い出せないが心(胸)には相手に対する何かがある。「なぜかお前の事ばかり考える」、それを確かめたい、信じたい、もしまた頭を打って誰のこともわからなくなっても「きっとまたお前の事好きになると思うよ」ということでふたりは再び恋人同士になる。

これは定番のちょっとしたひねりのように見えるが、前提が違う。定番では、恋愛感情を自明のものとしてその一時的な喪失と回復を描くが、『八月の杜』では相手に対する恋愛感情そのものに対する問題意識がある……恋愛感情が脳の記憶領域のどこにかかわるのだろうか(出来事のデータがなくなったら感情も消失するのだろうか?)、同じ相手と出会えば何度でも恋するものなのだろうか、それともタイミングによるのか、そもそもふたりの人間が惹かれあう、たがいを必要とするとはどういうことなのか……。「愛」そのものを考察するために記憶喪失という荒技が動員されているのだ。

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BL進化論

溝口彰子

男性同士の恋愛をテーマとして描かれるジャンル、ボーイズラブ(BL)。近年、「腐女子」という言葉の普及、アニメ化や実写映画化される作品の増加によって認知度が広がりつつあります。BLはどのように進化し、どのように社会を変えるヒントを与えて...もっと読む

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コメント

Fushimi_Terusyo たまたま素材がBLなだけなんですけど。 「愛の定義」って何でしょうね。 https://t.co/zPLdbWGyWB 3年以上前 replyretweetfavorite

wiz1129 BLにおける「愛の定義」| セックスか恋愛か。といったためらいが、大切なんですね。 約5年前 replyretweetfavorite