BL進化論

ボーイズラブの変化は社会を動かす?

男性同士の恋愛をテーマとして描かれるジャンル、ボーイズラブ(BL)。近年、「腐女子」という言葉の普及、アニメ化や実写映画化される作品の増加によって認知度が広がりつつあります。BLはどのように進化し、どのように社会を変えるヒントを与えているのか。溝口彰子さんの著書『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』の内容の一部をcakesでもお届けしていきます。溝口さんと三浦しをんさんの特別対談とあわせてお楽しみください。

女性の数だけバリエーションを持つ、ボーイズラブの世界

BL(ボーイズラブ)とは、男性同士の恋愛を中心につむぐ物語のことで、作り手も受け手も、そのほとんどが異性愛女性だ。

マンガや小説、ドラマCD、アニメ、ゲーム、実写映画などからなるエンタテインメントの一大ジャンルであり、同人誌即売会イベントやネット上での作品発表や感想交換も含めて、幅広い世代の女性たちが絶え間なく男性同士の「ラブラブ」を愛でて楽しんでいる。近年、「腐女子」という言葉の普及や、アニメ化や実写映画化される作品の増加、BLと他ジャンルで同時に活躍し評価される作家の増加などをはじめとする様々な要因によって、BLというジャンルの存在はかつてないほど広く認知されている。

BLの楽しみ方、いいかえればBLによってもたらされる快楽は、BL好きの女性の数と同じだけのバリエーションがあるといっても過言ではないだろう。だが、あえてその快楽の一側面をまとめるならば、次のようにいえるだろう……女性の様々な願望が投影された男性キャラたちが、「奇跡の恋」に落ちる物語群であり、女性が、家父長制社会のなかで課せられた女性役割から解き放たれ、男性キャラクターに仮託することで自由自在にラブやセックスを楽しむことができるのがBLである、と。つまり、キャラが読者とは異なる性別であるからこそ可能な、現実逃避が約束されたジャンルなのだ。

そのBLが、近年、変化している。

そのBLの変化が、社会を少しずつ変えているのかもしれない、といったら、驚かれるだろうか? 近年のBLが、現実の日本社会に存在するホモフォビア(同性愛嫌悪)や異性愛規範(異性愛のみをノーマルであるとして奨励し、それ以外を抑圧する世界観)、そしてミソジニー(女性嫌悪)を克服するための手がかりを与えてくれる作品を生み出している、といったら? ミソジニーを乗り越える作品が、女性がメインで活躍する異性愛物語でないということは、皮肉に感じられるだろうか?

レズビアンである自身を救ってくれた、男性同士の物語たち

本書は、そのようなBLの変化は、BLという〝女性向けの男性同士の物語ジャンル〞の「進化」だととらえている。さらに、そのBLの「進化」が、実際の社会の「進化」を先取りし、性の多様性の実現とジェンダー格差の解消に向かうヒントを与えてくれるとも考えている。「BL進化論」というタイトルにこめられた「進化」という言葉には、このふたつの意味がある。

BLがどのように進化していて、どのように社会を変えるヒントを与えているのか、これから本論で詳しく考察していくが、さきに著者である私の立場を明らかにしておきたい。それは、なぜ私が本書を書かなくてはならないという思いに至ったかにもつながるからだ。

BLの作り手も受け手も異性愛女性が多いのだが、私自身はレズビアンである。詳しくいえば、生物学的女性で、性自認が女性であることに揺らぎはなく、性的指向が同性である女性に向かっている。そして、BL愛好家でありBL研究者でもあるという立場だ。

現実の恋愛やセックスでは女性にしか欲望を感じないレズビアン(女性同性愛者)である私が、なぜ男同士の恋愛を描いた物語群であるBLを楽しむことができるのだろうか。男女ものの恋愛物語や、女性同士の緊密な友情や、時には性愛も含めて描くいわゆる「百合もの」のマンガなどよりも、BLに惹かれるのはなぜだろうか。

ひとことでいうなら、私自身が、少女マンガのなかで美少年同士の緊密な友情や恋愛を描いた「美少年マンガ」や「少年愛もの」と呼ばれた作品群にリアルタイムで感情移入しながら思春期を過ごしたために、社会に蔓延するホモフォビアに影響されたり、それを恐れたりすることなく、自分がレズビアンであることを受けいれ、“レズビアンになれた”と感じているからだ。

筆者が自分をレズビアンであるとはっきりと自覚したのは大学生の時だが、当時は今よりも同性愛者に対する偏見が激しかった。にもかかわらず、偏見と、「もしも差別されたら……」という恐怖に打ち勝って自分の性的指向を受けいれることができたのは、やはり思春期にBL(の先祖)をたくさん読んでいたというのが大きい。とりわけ影響を受けたのが、『ポーの一族』( 萩尾望都/1974-76)や『摩利と新吾』(木原敏江/1979-84)である。とくに『摩利と新吾』では、「摩利が新吾に向けた同性愛感情と、自分が○○に向けている同性愛感情は、同性愛感情ということでは同じなのだから、世間が何といおうと、それが悪いものであるはずがない」という論理で、レズビアンである自分を受けいれることができた(社会的にカミングアウトするにはさらに約10年を要したが)。

摩利と新吾―ヴェッテンベルク・バンカランゲン (第1巻) (白泉社文庫)
摩利と新吾―ヴェッテンベルク・バンカランゲン (第1巻) (白泉社文庫)

当たり前だが、レズビアンである私の性的指向を素直に投影すれば、百合作品になる。もし、『櫻の園』『ラヴァーズ・キス』(吉田秋生/1985-86&1995-96)、さらに、現実的な大人のレズビアンの存在に接続している『LOVE MY LIFE』(やまじえびね/2001)や、女子高生から大学生までの成長をじっくり描いた『青い花』(志村貴子/2005-13)、あるいはエロティック&ユーモラスな小説『先輩と私』(森奈津子/2008)のような百合作品に思春期に出会っていたら、私はBL愛好家にはならずに素直に百合マンガや百合小説が好きなレズビアンになっていただろうか? 人生をさかのぼってやり直すことはできないので、この問いには答えられないが、その可能性はおおいにある。だが、現実の私がBL(の祖先)のおかげでレズビアンになれたと感じており、BL愛好家で研究者でもあるという事実は変わらない。だから、まずは、BLだ。私にとってはBLのほうがルーツなのだから。

青い花(1)
青い花(1)

本書は、BLにそのような立場で──愛好家と研究者がミックスした立場で取り組んでいたら、BLが目の前で変わっていき、その変化が現実の社会をリードしているようであることに私自身がびっくりしたことが執筆の一番の動機となっている。

「よしながふみ」が例外でなくなりつつある現在

もちろん、マンガや小説といった表現物のジャンルなので、いっせいにとある種から別の種へと進化するわけではない。多様な作家の多様な作品のそこここに、ホモフォビアや異性愛規範やミソジニーを克服する手がかりを与えてくれる表現が見られるということだ。たとえば、よしながふみによる90年代のBL作品のいくつかのように、そういった作品を見つけはじめた当初は、それらは例外なのだと認識していた。

しかし、2000年代に入るとそういった作品がどんどん増えていった。なおかつ、長期連載されている人気シリーズのなかには、最初はたしかに世間一般の同性愛嫌悪を反映した世界観だったのに、途中から、現実の日本社会よりもはるかに同性愛者の人権擁護意識の高い世界観に変貌する物語すら出てきた。そうなると、BLが「進化形」の作品をコンスタントに生み出すジャンルへと変化したのだと認識を新たにせざるをえない。つまり、BL全体が「進化」している──いわばBLという有機体が、その細胞のそこここで未知なる進化(変異?)をしていても、それらを多様性として許容し内包しつつ、有機体全体がじっくりと進化しているイメージだ。

そして、かつて若き私がBL(の祖先)のおかげでレズビアンであることを受けいれられたように、すでに何人もの人が、知らず知らずのうちに、「進化形」BLによってホモフォビアや異性愛規範やミソジニーを克服しているだろうし、しつつあるだろう。ひいては社会全体がそうなってほしい―そう進化してほしい。その思いもこめて「BL進化論」と名乗っている。

いうまでもなく、私の立場は今日のBL愛好家のなかで少数派に属するものだろう。そのうえ、十数年もBLと女性のセクシュアリティーズについて考え続けているので、「こんなことまで考える人がいるなんて」と驚く方もいるかもしれない。だが、BLを読んでいて、ふと、「自分は女性なのにどうして男同士のラブがこんなに好きなんだろう?」と思ったことはないだろうか? もちろん本書は、あくまで「私にはBLがこう見える」ということを綴ったものだが、そのプロセスで、BLを読む私たちの欲望の回路がどうなっているのかについても考察しているので、そのような疑問にも多面的に答えている。

BLの快楽は重層的にして豊潤。そしてそれゆえに、娯楽ジャンルでありながら社会をリードする「進化形」作品をも生み出すことができる。BL愛好家ひとりひとりの、いわばお楽しみ活動が、もれなく進化を支えている。

本書では、BL商業出版作品のみを扱っている。一般的にBLといえば、「二次創作」や「アニパロ」と呼ばれる同人誌を真っ先に思い浮かべる人も多いだろう。本書ももちろん、同人誌の重要性は認識している。にもかかわらず本書が商業出版のみを扱う理由は、消費者(読者)のほとんどが女性であり、彼女たちの購読活動が数百人の女性作家や編集者たちの経済的自立を支えているというBLジャンルの特性を重要視しているからだ。同人活動の経済面を軽視する意図はない。そうではなく、BL作家やBL編集者という職業人として社会という広場に参加していることを、本書はフェミニスト的問題意識から重要視しているのだ。

アカデミックなトレーニングを受けた研究者の本としては、熱い(暑苦しい?)パートも多い本書だと思うが、このような立場から執筆したものなので、私とともに、BLの進化をめぐるささやかな旅に、おつきあいいただければ幸いだ。


いま、BLに何が起きているのか?
360ページもの大ボリュームで、女性たちを虜にする快楽装置=BLの歴史と本質に迫る画期的評論!

BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす
BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす

【目次】
プロローグ BL進化論―ボーイズラブが社会を変える?
第一章 「BL進化論」にとってのBL概史
第二章 ホモフォビックなホモと愛ゆえのレイプ? ―一九九〇年代のBLテキストの定型
第三章 ゲイの目線? ―まぼろしの(ような) 「やおい論争」を中心に
第四章 BL進化形
第五章 BLを読む/生きる―女性同士が「まぐわう」フォーラムとしてのBL
結論

対談 溝口彰子×ブルボンヌ「“気持ちいいこと”で社会を変える」
補遺1 理論編 「BL進化論」の理論的文脈
補遺2 応用編 「BL進化論」と映画における男性同性愛

この連載について

BL進化論

溝口彰子

男性同士の恋愛をテーマとして描かれるジャンル、ボーイズラブ(BL)。近年、「腐女子」という言葉の普及、アニメ化や実写映画化される作品の増加によって認知度が広がりつつあります。BLはどのように進化し、どのように社会を変えるヒントを与えて...もっと読む

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_10zk ウチの学校でジェンダーと映画について講義やってた先生が書いた記事見つけた~面白いから是非〜! ちなみに彼女の授業とってました…他の授業より成績良かったです…………(百合豚・腐女子並感) https://t.co/8QnIDHaH72 3年以上前 replyretweetfavorite

apple_fabstep 以前授業を受けた溝口先生の記事です! 私が全然知らなかっただけで、BLって本当に奥が深いんだなぁ。 https://t.co/AVdwUqgEiB 3年以上前 replyretweetfavorite

chiruko_t2 あとで読む。  約5年前 replyretweetfavorite

chiruko_t あとで読む。  約5年前 replyretweetfavorite