電気サーカス 第49回

テレホーダイでネット接続していた時代。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、友人と共同生活中。この共同生活に、高校入学を控えた真赤が参加。突然、煙草を飲み救急車を呼ぶはめになったりと、彼女の奇行に振り回される日々を送る。

 僕だって、これが他人の問題だったら、その児童相談所職員と同じようなことを言うだろう。間違いなく言うだろう。
 だって、若い女がネットで知り合った連中の家に行って、一緒に暮らすだなんて、まったくけしからん話じゃないですか。しかもその者どもが、素性のよろしくない無職だとしたらなおさらだ。世間の良識派はまず怪訝な表情をするだろう。それは当たり前の反応であると思うし、実際、ネットの知人にもそのようなことを言われたことがあった。
 真赤の話を聞きながら思い出したのは『臥村あつる』というへんてこなハンドルネームの女の言葉である。
 その女は、自分のサイトを極彩色のデザインで飾り、ネットアイドルと自称している。日記には、天皇だの愛国だのという言葉をふんだんに用いた疑似右翼的な文章を、支離滅裂で奇矯な、いわゆる『電波テキスト』でしたためている。まさしく、ネットでなければいかなる叱責を受けるかわからぬような人物像である。最初に彼女からメールを貰ったときは、関わりたくないやつに絡まれたなあと警戒したものだけれども、後でICQで個人的に話すときわめて常識的な人物だった。
 僕とあつるは会ったことがないネットだけの付き合いだが、あつると真赤はICQのみならず、オフ会で何度か顔を合わせているので、それとなく僕は真赤と同居することを話したことがある。
『それはよくないことですよ。帰したほうがいいです』
 と、あつるはいつも通り常識的な正論を言い放った。
 それに対し僕は、もっともだなあ、やはりあつるは目を覆いたくなるほどに不道徳的な、屑のような人間ばかり存在するインターネットの世界において、数少ない信頼出来る真っ当な人間だなあと感心したのだけれど、真赤は激しく憤慨して、あつるを中傷するような言葉を口にしていた。自分の意に沿わぬ相手は、どうも徹底的に攻撃するのが彼女の流儀らしい。
 僕はその時の光景とダブらせながら、児童相談所職員を罵る真赤の言葉を聞いていた。要するに、プライドが高いのだな。自分の行動を否定されるのが気にくわないのである。
 もっとも、僕としても職員の言葉は一応正しいと認めつつも、それに賛同するつもりはない。せっかく苦労して連れて来たのに、これで帰らせてしまってはあまりにも不本意だ。それに職員やあつるの言葉はあくまでも一般論としての正論であって、それがこの状況でも適切な判断であるとも思わない。彼らは傍観者で、僕は当事者だからその詳細な機微をよく知っている。彼らの語る言葉の正当性や、そうした苦言をあえて口にすることの意味や価値を否定するつもりはさらさらなく、なるほど良いことを言うなあとは思うけれども、一方でそれと矛盾する自分の考えが間違っているとも思わないのである。
 あっ、もしかしてこれは、当事者だから視野が狭窄しているという状態なのであろうか。自分だけが正しいと信じて、忠告を無視して愚行を行う人間の典型的な思考法なのであろうか。だったらいやだなあ。
 と、考え込んでしまう僕の目の前で、真赤はなお一層視野が狭かった。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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