僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
$ \newcommand{\HIRANO}{\unicode[sans-serif,STIXGeneral]{x306E}} % HIRAGANA LETTER NO (U+306E) $
高校の図書室
(第128回からの続き)
ミルカ「これで分散が求められる」
テトラ「これで《コインを$10$回投げたときに表が出る回数の分散》が求められるんでしょうか?」
僕「……いや、だめだよ、ミルカさん。これじゃだめだ」
ミルカ「なぜ?」
僕「確かに僕たちは確率母関数を使って、確率変数$X$の平均$E(X)$と分散$V(X)$を求められるようになった」
$$ \left\{\begin{array}{llll} E(X) &= f'(1) \\ V(X) &= f''(1) + f'(1) - f'(1)^2 \\ \end{array}\right. $$
ミルカ「計算してきたから」
僕「でも、実際に求めるためには《コインを$10$回投げたときに表が出る回数》を表す確率変数$X$の確率母関数$f(x)$が必要じゃないか!」
ミルカ「もちろんそうだが」
僕「でも、それは……簡単な式とはいえないよ」
ミルカ「話がループしているようだ。$X$の期待値を求めるのに、$X_1 + X_2 + X_3 + \cdots + X_{10}$を考えたのと似た話。 $X$の確率母関数を求めるのに、$X_1, X_2, X_3, \ldots, X_{10}$の確率母関数を使えばいい。 それが確率母関数のおもしろいところでもある。基本的なものを組み合わせて複雑なものを作る。 エレメンタリなものを使ってシンセサイズする」
僕「というと……待ってよ。《コイン$1$回投げたときに表が出る回数》を表す確率変数の確率母関数を考えて、 その《和》を取るの?」
ミルカ「いや、確率母関数の《積》を取るんだ」
僕「確率母関数の積を取る? 何回も試行するとき、それぞれの確率母関数の積を取る? うーん、よくわからないなあ」
ミルカ「すでに定義が出ているのだから、計算すればすぐに納得できる。完全な一般化は難しいが、$10$回のコイン投げなら難しくない」
僕「そうか。計算してから悩めばいいか」
ミルカ「ふむ」
テトラ「せ、先輩方! ちょっとお待ちください。テトラはここで取り残されそうになっています。お、お待ちください」
ミルカ「うん?」
テトラ「そこのところ、あたしに計算させていただけませんか。おぼろげな、あたしの理解を確かめるために」
理解の確認から
僕「みんなでわいわいやってるんだから、テトラちゃんの計算を止める理由はないよ。 根気強いテトラちゃんなら、きっと大丈夫。計算できるはず」
テトラ「あ、ありがとうございます」
ミルカ「とすると、問題を明確化しておいたほうがいいと思うが」
僕「そうだね。こうかな」
コインを$10$回投げたとする。
このとき、表が出る回数を表す確率変数$X$の分散$V(X)$を求めよ。
ミルカ「……」
テトラ「はい……でも、この答え自体はもうわかっていますよね。あたしが定義から計算して、$V(X) = \sigma^2 = 2.5$でした(第127回参照)」
僕「そうだね。だから、僕たちがいま考えたいのは、ミルカさんが教えてくれた確率母関数を使って$V(X)$を求めることになる」
テトラ「は、はい。あたしはまた、確率母関数のことはよく理解していません。 でも、何だか難しいけれど、おもしろそうなものだと思いました」
僕「テトラちゃんは、確率母関数の定義は大丈夫? 書ける?」
テトラ「書けます……先ほどの問題(第128回参照)で出てきたものですね」
確率変数$X$が、$0,1,2,3,\ldots$という値を取る確率を、それぞれ$P_0,P_1,P_2,P_3,\ldots$とする。 このとき、以下の$f(x)$を$X$の確率母関数という。
$$ f(x) = P_0x^0 + P_1x^1 + P_2x^2 + P_3x^3 + \cdots + P_kx^k + \cdots $$
※ここでは、$1$を$x^0$と書き、$x$を$x^1$と書いている。
僕「そして、$X$の平均と分散はこの確率母関数で表せるところまではできたよね(第128回参照)」
テトラ「は、はい……これも、式の形はわかります。が」
確率変数$X$の確率母関数を$f(x)$とし、 $E(X)$で$X$の平均(期待値)を、 $V(X)$で$X$の分散を表すとき、次式が成り立つ。
$$ \left\{\begin{array}{llll} E(X) &= f'(1) \\ V(X) &= f''(1) + f'(1) - f'(1)^2 \\ \end{array}\right. $$
僕「が?」
テトラ「その後、先輩方がお話ししていた確率母関数の積はまだわかっていません。でも、積というからには掛け算をすればいいのですよね? それは$f(x)$を掛け算してやればいいと思いました。 そうすれば、分散が出てくるのですよね? それならあたしでも何とかできます。がんばって掛け算して……」
ミルカ「テトラ、テトラ。挑戦しすぎだ。彼の問題の立て方は大きすぎる。もっと小さな問題で考えるべき」
フェアなコインを$1$回投げるとき、表が出る回数を表す確率変数を$X_1$とする。
$X_1$の確率母関数$f_1(x)$を求めよ。
テトラ「……」
僕「これはさっきやったんじゃなかった?」
ミルカ「理解の確認」
テトラ「はい……コインを$1$回投げたら、表が出る回数は$0$回か$1$回ですよね。$X_1=0$になるか、$X_1 = 1$になるか」
僕「そうだね」
テトラ「それぞれの確率は$\frac12$ですから、$f_1(x)$はこれでいいですね」
$$ \begin{align*} f_1(x) &= P_0x^0 + P_1x^1 + P_2x^2 + P_3x^3 + \cdots + P_kx^k + \cdots \qquad \text{確率母関数} \\ &= P_0x^0 + P_1x^1 \qquad \text{$P_2 = P_3 = P_4 = \cdots = 0$だから} \\ &= \frac12x^0 + \frac12x^1 \qquad \text{フェアなコインだから表裏どちらが出る確率も$\frac12$} \\ &= \frac{x+1}{2} \\ \end{align*} $$
僕「うん、それでいいと思うよ」
ミルカ「いや、$f_1(x) = \frac12x^0 + \frac12x^1$で止めよう」
テトラ「あ、はい」
フェアなコインを$1$回投げるとき、表が出る回数を表す確率変数を$X_1$とする。
$X_1$の確率母関数$f_1(x)$は、 $$ f_1(x) = \frac12x^0 + \frac12x^1 $$ となる。
ミルカ「そしてテトラはこの式$f_1(x) = \frac12x^0 + \frac12x^1$を改めて説明する」
テトラ「はい。コインを$1$回投げたときに表が出る回数を確率変数$X$で表して、その$X$の確率母関数が$f_1(x)$です」
ミルカ「右辺の説明」
テトラ「$\frac12x^0 + \frac12x^1$で、最初の$\frac12$は表が$0$回でる確率です。つまり、裏が出る確率。それから、二つ目の$\frac12$は表が$1$回でる確率です」
$$ \underbrace{\frac12}_{\text{表が$0$回出る確率}} x^0 + \underbrace{\frac12}_{\text{表が$1$回出る確率}}x^1 $$
ミルカ「それでいい。$x^2$や$x^3$の項がない理由は?」
テトラ「それは……コインを$1$回投げたときに表が$2$回でることや、$3$回でることがないからです」
ミルカ「そう。どちらの確率も$0$に等しいから」
僕「うんうん」
テトラ「あの……確率母関数の定義から、そこまではわかるんですが、あたしはそもそも母関数のことがまだわかっていないようです。 $x^0$の係数は表が$0$回でる確率というのはわかりますが、この$x$はなんでしょうか」
ミルカ「何でもない。形式的な変数だと考えればいい」
僕「数列の各項が混ざらないようにしているんだと思うな」
テトラ「混ざらない?」
僕「そうだよ。ほら、数式だと同類項は足し合わせることができるよね。$ax^2$と$bx^2$があったら、両方足し合わせて$(a+b)x^2$になる。 でも、僕たちはいま、数列になった確率$P_0,P_1,P_2,\ldots,P_k,\ldots$を扱いたいんだから、 勝手に確率が混ざっては困る。だから、同類項にならないように$P_0x^0$と$P_1x^1$と$P_2x^2$というふうに、 確率$P_k$は$x^k$の項の係数にしているんだ」
テトラ「は、はあ……それは、何となくわかりました。でも今度は逆の疑問がわいてきます。 なぜそんなにしてまで確率母関数を考えるか、です。 数列を扱いたかったら、数列で扱えばいいのに、どうして確率母関数のような形にしなくちゃいけないのか」
僕「それは……」
ミルカ「それをまさにいま確かめているのだ」
テトラ「え?」
ミルカ「どうして確率母関数のような形にするのか。その理由の一つはすでに出た。形式的な微分を行い、$x = 1$とすることで、平均と分散を表せた」
テトラ「あ、そうでした」
ミルカ「そしてもう一つ」
僕「確率母関数の積を取ったら、何が出てくるか、だね?」
ミルカ「そうだ。こんな問題になる」
フェアなコインを$1$回投げるとき、表が出る回数を表す確率変数を$X_1$とする。
このとき、確率母関数の積$f_1(x)\cdot f_1(x)$は何を表すか。
テトラ「ははあ……」
ミルカ「『あ、あたし、計算してみますっ!』と言うのはいまだよ、テトラ」
僕「ねえ、ミルカさん。ものまねはいいから……」
テトラ「あ、あたし、計算してみますっ!」
$$ \begin{align*} f_1(x)\cdot f_1(x) &= \left(\frac12x^0 + \frac12x^1\right)\left(\frac12x^0 + \frac12x^1\right) \qquad \text{解答2から} \\ &= \frac12x^0\left(\frac12x^0 + \frac12x^1\right) + \frac12x^1\left(\frac12x^0 + \frac12x^1\right) \\ &= \frac12x^0\frac12x^0 + \frac12x^0\frac12x^1 + \frac12x^1\frac12x^0 + \frac12x^1\frac12x^1 \\ &= \frac14x^0 + \frac14x^1 + \frac14x^1 + \frac14x^2 \\ &= \frac14x^0 + \frac24x^1 + \frac14x^2 \\ &= \frac14x^0 + \frac12x^1 + \frac14x^2 \\ \end{align*} $$
テトラ「あ、というか、$2$乗の公式$(a+b)^2 = a^2 + 2ab + b^2$を使えばいいんでした」
$$ \begin{align*} f_1(x)\cdot f_1(x) &= \left(\frac12x^0 + \frac12x^1\right)^2 \\ &= \frac14x^0 + \frac24x^1 + \frac14x^2 \\ &= \frac14x^0 + \frac12x^1 + \frac14x^2 \\ \end{align*} $$
ミルカ「$\frac12x^1$は$\frac24x^1$のままで止めよう」
テトラ「あ、はい。それなら、$f_1(x)\cdot f_1(x)$はこうなりました」
$$ f_1(x)\cdot f_1(x) = \frac14x^0 + \frac24x^1 + \frac14x^2 $$
テトラ「……」
僕「なるほどなあ! 確かにうまくいくね。確率母関数の積で」
テトラ「何がうまくいくんでしょうか?」
ミルカ「この式の意味を考える」
$$ \frac14x^0 + \frac24x^1 + \frac14x^2 $$
テトラ「いま計算したものですね」
ミルカ「$x^0$の係数$\frac14$の由来は何か」
テトラ「由来……それは、展開した結果です。$(\frac12x^0 + \frac12x^1)(\frac12x^0 + \frac12x^1)$で、$\frac12x^0$を$2$乗したので、その係数が$\frac14$」
僕「それって、確率母関数的にいえば、$P_0P_0$の値ってことだよね、テトラちゃん」
テトラ「……そうですね」
ミルカ「$x^1$の係数$\frac24$の由来は何か」
テトラ「これも同じです。同じですが、$\frac12x^0\frac12x^1$と$\frac12x^1\frac12x^0$を加えた項の係数になります」
僕「こっちも同じだよ。確率母関数でいえば、$P_0P_1$と$P_1P_0$の和だね」
テトラ「すみません……あたしはまだよく飲み込めてないようです」
僕「$P_0P_0$って、コイン投げ$1$回目で表が$0$回でて、$2$回目も表が$0$回でる確率になるよね? つまり、$P_0P_0$は「裏裏」に対応する」
テトラ「はあ、そう、ですね」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)