真赤の態度には悪びれるところもなく、むしろ満点のテストをもったいつけて隠す小学生のように期待に満ちた笑顔である。ということは、他人にとってはうんざりするような、碌でもないニュースを伝えようとしているということだ。僕はその時点で憂鬱になったものの、訊ねないわけにもいかぬので、訊ねた。
「お前、また何かしたろ」
「煙草食べちゃった」
「どれくらい?」
「一本全部」
僕はすぐさま彼女の首根っこをひっつかんでトイレに駆け込んだ。「ぎゃっ」と悲鳴が聞こえたような気がしたが、知るものか。
世間には、灰皿の水を飲んで死んだやつもいる。煙草のニコチンは致死性の劇薬だそうだが、その致死量はどれくらいのものだろう? 真赤は四十キロあるかないかの細い身体であるから、一般的な成人のそれよりも少ないのは間違いない。
僕は便器の前に真赤をうつむかせ、その口の中に指を突っ込んだ。人を吐かせたことなどなかったので、上手く出来るかどうか心配だったが、指先で彼女の喉の奥を刺激してみると、その背中が震え、温かい液体が食道の奥からあふれ出す。
そして、出るわ出るわ、煙草の茶色い葉が。そして葉を包む紙が。さらにフィルターが。それは紛れもなく、僕が普段から愛飲しているロングピースのものだ。サンマを食う時だって頭と骨くらいは残すってのに、本当に煙草などを丸々全部食いやがったのか。
彼女は僕になされるがままで、少しも抵抗しなかった。涙を流し、顔を顰め、胃の中を全部吐き出すのは相当に苦しかろうけれども、悲鳴すら上げない。出が悪くなると、僕は指を一層強くのどの奥で動かし、それは地獄のような苦痛だと思うが、彼女は体を震わせて耐えている。やめてよ、死にたいのよと、逆上したりはしない。ということは、僕がこうやって吐かせるのもあらかじめ織り込み済みだったんだろうか。
しかし、そんなにいつもいつも上手に助けられるわけじゃないんだぞ。そもそも、表情の裏に気づかないって可能性もある。それくらいこいつだってわかるだろう。馬鹿ではないのだ。それでもなお、気がつくことを期待して、確信して、こんなことをしたのだとしたら、どれだけ僕を篤く信用しているって言うんだい? そこまでして人を試すってのは、一体何を求めてのことなんだ? まったく可愛いやつだなあ!
やがて胃液しか出なくなり、そしてついにそれも出なくなると、僕はようやく彼女の顔を上げさせる。顔全体が涙と鼻水と胃液でどろどろに濡れて実に不細工だった。それをタオルで拭ってやる。
「苦しかったろ」
「うん」
真赤はこっくりと頷く。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。