chapter6-4 海へと

どれだけ経験を積もうと、女との関係を進めるためのアクションを起こすのはいつも恐かった。それでも、僕は勇気を振り絞って声をかけた。未来に向き合う方法はふたつある。ひとつは心配、もうひとつは期待だ。僕は、いつでも後者を選びたい。

 堂ヶ島の港には船着場があり、そこには二隻の遊覧船が停泊していた。

 山に囲まれた港は、どこか要塞を思わせた。

 独特な形をした大きな岩や小さな島が青い海のところどころに浮かんでいた。

「すごくきれいね」と直子が言う。

「うん、とてもきれいだね」と僕も言う。

 僕たちは船着場の近くの売店で、洞窟巡りクルーズのチケットを買った。15分ごとに船が出るという。

「あそこから船に乗るみたいだね」僕は船着場を指差した。

「うん。行ってみよう」

 桟橋を渡って、ボートの前に着いた。10人ぐらいがやっと乗れる小さな白いボートに、僕たちは乗り込んだ。ライフジャケットを着て、しばらくするとボートは出発した。

 ガイドが何やら堂ヶ島の歴史を説明している。僕たちはそれを聞きながら、海底火山の活動と長い年月の海蝕によってできたという複雑な海岸線や洞窟を見ていた。波に削られた島々の壁面には、くっきりと地層の縞模様が浮き上がっていた。ところどころにうねったところや、何か別の塊が入り込んだところがあり、海底火山の噴火の跡が残っていた。地層には、この土地の太古からの記憶が刻み込まれているのだ。

「地層がくっきり見える」

「うん。本当に縞模様になってるね」

 しばらくすると船は三四郎島に来た。ガイドによると、見る角度によって、島がみっつにもよっつにも見えることからこう呼ばれるようになったとのことだ。島と海岸の間で、両側から潮の流れがぶつかり、トンボロという現象が見られるという。潮が引くと、島と海岸との間に、天然の石でできた道ができる。残念ながら、僕たちが来たときは、潮が満ちていて、海の道を見ることはできなかった。

 この島に潜んでいた源氏の若武者と恋に落ちた地元豪族の娘が、この海の道を渡って、彼の元に通っていたそうだ。しかし、ある日、渡り切らないうちに潮が満ちてしまい、娘は溺れて死んでしまった。そんな悲恋の伝説があるそうだ。

「その娘は泳げなかったのかな?」

「昔の人だから着物とかたくさん着てて、沈みやすかったのかも」

「えっ、そんな理由なの?」彼女はクスクスと笑った。

「いずれにしても、そんな死に方はしたくないものだよね」

「潮の満ち引きで海の中で道ができるのは、フランスのモンサンミッシェルが有名だよね」

「ああ、修道院がある島だね。直子さんは、行ったことある?」

「行ったことないよ」

「僕もないな。パリには一日だけ行ったことあるんだけど」

「へえ。行ってみたいな」

 ボートは別の目的地に行くために方向転換すると、エンジンを唸らせた。船体が波を切り裂きながら、海面を滑っていく。そして、スピードを落としながら、岸壁にある洞窟の入口の前までやってきた。その入口はとても狭くて、船が一隻通れるかどうかといった大きさだった。

 僕たちのボートは、ゆっくりと慎重に洞窟の中に入って行った。

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ぼくは愛を証明しようと思う。

藤沢数希

恋人に捨てられ、気になる女性には見向きもされず、非モテな人生をおくる主人公のわたなべ。ある日、恋愛工学と出会い、彼の人生は大きく動き出す……。 ファイナンス、経済学、エネルギー政策に関する著作をもち、リスク・マネジ...もっと読む

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