『ナイトクローラー』は、事件・事故などの報道スクープ映像を撮影し、テレビ局へ販売するカメラマンを描いたアメリカ映画である。警察無線を傍受し、いち早く現場へ到着した彼らは、火事や交通事故、強盗、暴力事件などの刺激的な現場をカメラにおさめ、映像を売って収入としている。このビジネスに足を踏み入れた主人公の男性ルイスが、センセーショナルなスクープ映像を手に入れるため、しだいに倫理の枠を踏み外していく様子が描かれるのが本作だ。
ユニークな題材と語り口の新鮮さが評価されてか、本作はアカデミー賞脚本賞にノミネートされた。主演は、『デイ・アフター・トゥモロー』(’04)や『ゾディアック』(’07)で知られるジェイク・ギレンホール。主人公の孤独なイメージを強調するため、役作りとして9kgほど減量しており、げっそりとこけた頰が印象的である。
劇中もっとも観客の記憶に残るのは、モラルに欠けた取材を続けていく主人公が繰りかえし口にする、自己啓発的な格言やキャッチフレーズ、ビジネス用語の数々だろう。「私は高い目標を設定して粘り強く取り組む人間だ」と臆面もなく自分を売り込んだかとおもえば、たったひとりしか雇っていないアシスタントに向かって、勤務評価がどうのこうのと経営者気取りでまくし立てる。どれも陳腐で使い古された言葉ばかりなのだが、ルイスはその有用性を信じて疑わない(さらには、彼は読書の習慣がなく、自己啓発の格言もすべてインターネットで読んでいたという設定は、いかにも現代的であり皮肉な印象を与える)。
ルイスはスクープを得るために、犯罪被害者の家への無断侵入を行い、現状保存が必要な事故現場に踏み入って、被写体を都合のいいカメラアングルへ移動させるといった問題行為に及ぶ。そのようにして倫理の枠を超える際、インターネットで拾ってきた自己啓発の言葉は反社会的行動の正当化にうってつけであり(宝くじに当選したければ、まずくじを買わなくてはならない)、彼はそうした格言を都合よく解釈しながら、みずからを鼓舞し、前進させようとする。
ルイスは当初、盗品売買で生計を立てる孤独な犯罪者だった。しかし興味ぶかいのは、彼は決して社会の規範から逸脱した人間ではなかったことである。ルイスは、アメリカの伝統といっていい自己啓発と成功のイメージを誰よりも信じ、内面化している勤勉な男であった。ある意味では、きわめてアメリカ的な人物像だといっていいだろう。モラルには欠けるが、度を越した粘り強さと勤勉さをもって仕事に取り組むこの厄介な男は、社会にとっては有用ですらあるのだ。
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