初めての生活保護、相談員Aさんとの対決 !
窓口のカウンターはパーティションで区切られ、ホームレスらしき人たちと区の職員とが向かい合って相談をおこなっていた。個室のブースもあるようだが、どの部屋も「使用中」の札がかかっている。
カウンターで相談している人は7~8人ほど。何やら書類を書いたり、職員の人がお金を渡していたり、あるいは険悪な雰囲気になっているところもある。
※実際の福祉事務所の写真ではありません
2010年7月のある日。僕は昨晩の夜回りで知り合ったサトウさん(仮名)と一緒に、新宿区の福祉事務所に来ていた。彼の生活保護の申請をお手伝いするためだ。
「サトウさん、お待たせしました。相談員のAです。おかけください」
カウンターの向こう側にいる相談員を名乗る男性がそう言いながら腰かける。
しかし、相談員はサトウさんの隣にいる僕に気づいた途端、不機嫌な顔になった。
「あなたは誰ですか? サトウさんのお知り合いですか?」
思わず、相談員の剣幕に面食らってしまう。
「ええと、あの、昨晩の夜回りでサトウさんと知り合いまして……」
「夜回りで知り合った? そういうの、ほんと困るんですよねえ。部外者は出て行ってもらえませんか? あなたには関係ないでしょう?」
確かに関係はない。でも、ここで帰ったらなんのために一緒に来たのかわからない。それに、向こうの言い方も上から目線で少し失礼じゃないか? 負けてはいられない。
「同席させてもらうことはできないんですか? サトウさんは同席を希望されていますよ。それとも、同席すると不都合なことでもあるんですか? サトウさん、僕がここにいてもいいですか?」
サトウさんは相談員を前に畏縮してしまっている。でも、問いかけに対しては小さくうなずいてくれた。
Aさんはだいたい50代くらい。シミのついた白いYシャツに、ネクタイはなし。広い額から滴り落ちる汗をしきりにハンカチでふいている。こちらに向ける眼差しは鋭い。
「わかりました。本人が希望しているのであれば同席してもかまいませんが、口をはさむのはやめてくださいよ。じゃあサトウさん、お名前をもう一度フルネームでうかがいますからね。生年月日は昭和25年×月△日、出身は秋田で、え~と……? あ、サトウさん、前にうちで保護を受けてるんですね。ちょっと記録を探してきます。お待ちくださいね」
そう言い残してカウンターの奥に立ち去るAさん。言葉の節々から威圧的な感じが伝わってくる。
Aさんも言っていたが、サトウさんは過去10回ほど生活保護を受けていたことがあるそうだ。しかし酒を飲んではトラブルを起こし、そのたびに福祉事務所から紹介された宿泊施設を飛び出てしまっているという。
ただ、今回は仕事で腰を痛めてしまい、日銭を稼ぐことさえできなくなり、にっちもさっちもいかなくなって、やむなくこのたびの申請に至ったのだった。
生活保護ってどんな制度?
ふとサトウさんのほうを見ると、背中をまるめて縮こまっている。
「サトウさん、大丈夫ですか? 具合でも悪いですか?」
「兄ちゃん、あんなふうに言われてよく言い返せるね。見直したよ。一人だったらもういやになって帰るところだった」
Googleで事前に生活保護について予習しておいたおかげだとは言えないが、調べておいてよかった。どのサイトにも、窓口では厳しいことを言われると書いてあったのだ。
初めての申請同行(生活保護の申請についていくこと)だったから、最初はサトウさんを頼りにと思って来たのだけれど、このたった5分くらいのやりとりで、僕とサトウさんの立場は完全に逆転していた。
「もう何年か前になるけど、ここでフクシ(生活保護のこと)を受けたことがあって。そん時にもらったお金を持って黙って逃げ出しちまったんだ。千葉だか栃木だかの施設に入らないかって話になったんだが、それがいやでね。自分で飛び出ちまったから、もうフクシは使えないんじゃないかな……」
あれ? 生活保護って一度使ったらもう使えなくなるんだっけ。
そ、そんなことはないよな。生活保護が使えなかったら生きていけないわけだし……。
予習しておいた情報によれば、生活保護の基本は以下の通りだ。
・生活保護は困った時に使える制度で、収入や資産の状況で可否が決定する。
・住所がはっきりしない人、ホームレスの人でも無差別平等に使える。
・住民票がなくても、いまいる(そこが路上でも)自治体で利用することができる。
・はじめるには「申請」が必要だが、「急迫した状況」にある場合は不要。
付け焼刃の知識なので詳しいことまでわからないが、僕が弱気になったら元も子もない。
「サトウさん、大丈夫ですよ。だってサトウさん、いま、生活に困っているわけだから。そのために制度があるんだし、なんとかなりますって」
人に頼られるのは、悪い気はしない。大丈夫、きっとなんとかなる。さっきだって、初めての相談員相手に毅然と言い返すことができた。
僕がサトウさんを路上から救うんだ!
生活保護は1億円の収入があったとしても申請できる
奥から相談員のAさんが戻ってきた。脇に分厚いファイルをかかえている。
「サトウさん、お待たせしました。記録を参照したら、5年前にうちで保護受けてますね。その時は、失踪廃止になっているけど、いったいどうしたの?」
「……」
サトウさんは言葉が出ないのか、助けてほしそうに視線を送ってくる。僕はかすかにうなずき、すかさず助け舟を出す。
「僕が聞いた話だと、他県の施設に入るのがいやで、お金を持って出てきてしまった、ということらしいです」
相談員のAさんは、お前に聞いていない、とばかりに不満な視線を向けるが、かまわず続ける。
「いまサトウさんは大久保駅の近くの路上でホームレス生活をしています。腰の具合も悪いし、生活保護の申請をして、どこか泊まれる場所や食事など、なんとかしてもらえないでしょうか。生活保護の申請を受けつけないなんてことは、まさかないですよね?」
昨晩得た知識をフル活用する。生活保護を申請することは誰にでも可能だ。
極端な話、1億円の収入がある人でも申請自体はできるし、申請があれば役所はそれを受け付けなければならない。そのうえで生活保護が必要かどうかを判断するのであって、申請そのものを受けつけないのは違法な運用なのだ(1億円の収入がある場合は受け付けたあとで、却下されることになる)。むっとしたようにAさんが答える。
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