2010年代の日本SFに向けて(前)

翻訳・解説・エッセイ・コラムと、SF界のオシゴトを縦横無尽にばりばりこなす超人・大森望氏。氏の〈SFマガジン〉誌上の連載コラム「大森望の新SF観光局」がcakesに出張! 今回は特別版です。SFマガジン2015年10月号「伊藤計劃特集」(25日発売)掲載の「“伊藤計劃以後”はいつ終わるか」の前篇ともいうべき論考を再録します(SFマガジン2011年7月号より)。

■ディック賞特別賞の衝撃

 今年のフィリップ・K・ディック賞発表式が始まったのは、4月23日の午前11時過ぎ。ustream中継されるその映像を、ノートPCの小さな画面越しにドキドキしながら見つめていた。日本にいながらにして海外のSF賞の発表がリアルタイムで見物できる時代になったのか──という感慨もあるけれど、なにより日本のSF長篇が最終候補に残っていることが感慨深い。

 過去の実績としては、村上春樹『海辺のカフカ』が2006年の世界幻想文学大賞、よしながふみの漫画『大奥』が2010年のジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞をそれぞれ受賞。『ハーモニー』と同じくHaikasoruからひと足早く英訳された乙一『ZOO』は、昨年のシャーリイ・ジャクスン賞の最終候補に残っている。しかし、日本の本格SF長篇が英訳されて、メジャーなSF賞を争うのは今回がはじめてだろう。

 固唾を呑んで見守った結果は、ご承知のとおり、審査員特別賞受賞。『ハーモニー』のタイトルが読み上げられた瞬間、Twitterのタイムライン上には歓喜のメッセージがあふれた。本賞かと思ったら特別賞だった、という勘違いもありましたが、まあそれはご愛敬。共同通信系の47NEWSが速報を打ったのを皮切りに、各種国内メディアでも大きく報じられた。同日午後五時過ぎに配信されたasahi.comの記事は以下のとおり。


 一昨年に34歳で死去したSF作家、伊藤計劃(けいかく)さんの小説「ハーモニー」が、米国の「フィリップ・K・ディック賞」で、次点にあたる特別賞を受賞した。版元の早川書房によると、日本のSF小説が海外の著名な賞を受けるのは初めて、という。

 有名な作家の名を冠したディック賞は約30年前に創設。米国でペーパーバックとして刊行されたSF小説の年間最優秀作を選ぶもので、これまで気鋭の意欲作が受賞している。

 伊藤さんは2007年、「虐殺器官」でデビュー。20代でがんになり、2年に満たない作家生活は入退院を繰り返していた。「ハーモニー」は生前完成させた最後の長編小説だった。政府に代わり、「生府」が過度な健康管理社会を築く世界を描いている。

 早川書房の塩澤快浩(よしひろ)さんは「日本のみならず世界に通じる空気をすくい取っていた。コンパクトな分量にもかかわらず、テーマ性の高い作品は米国にも少ない」と話した。


 今回の受賞がこんなに話題を集めたことは、伊藤計劃という存在の大きさを物語っている。単純に数字だけで見ても、ハヤカワ文庫JA版の『虐殺器官』はすでに20万部を突破、『ハーモニー』文庫版も発売から五カ月で10万部を超えた。

 ディック賞発表の当日夜、ジュンク堂書店池袋本店で行われた『伊藤計劃記録:第弐位相』刊行記念トークショー(本誌今号に採録)は、ニコニコ動画のニコニコ生放送で中継され、こちらは二万二千人以上が視聴した。トーク中に小島秀夫さんが発言しているとおり、伊藤計劃作品がいまやジャンルの枠を超えて読まれていることはまちがいない。さらに、『ハーモニー』英訳版のディック賞特別賞受賞により、国境を越えて読まれていることも実証された格好だ。

 日本SFの最先端が、ジャンルの境界を超え、国境を超えて読まれる時代。2010年代の日本SFは、ここから始まる。伊藤計劃のあとに続く作家、『虐殺器官』『ハーモニー』のあとに続く作品が出るかどうかが最大のポイントだろう。

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大森望の新SF観光局・cakes出張版

大森望

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コメント

marumizog 今回のSF大賞候補作を受けて、読み返すととても味わい深い記事。 5日前 replyretweetfavorite

Hayakawashobo 2011年「伊藤計劃以後」特集に掲載された特別エッセイです。今月号のSFMに、続篇が掲載されます。 |大森望の新SF観光局・cakes出張版 4年以上前 replyretweetfavorite

hykw_SF 【再掲】SFマガジン今月号に続篇掲載。2011年「伊藤計劃以後」特集掲載のエッセイです→ |大森望の新SF観光局・cakes出張版|2010年代の日本SFに向けて (前)https://t.co/H04LQPvH3j (後) https://t.co/pwRjzYHtN4 4年以上前 replyretweetfavorite