ここがヘンだよ! BL漫画あるある
溝口彰子(以下、溝口) ここまで「BLって素晴らしい」という話をしてきましたが、まあヘンなところもいっぱいありますよね。
三浦しをん(以下、三浦) あります、あります。先日、私の友達が急に、「社長の腹筋は割れてるよね」って言い出したんですよ。
溝口 え?(笑)
三浦 「え?」って思いますよね。つまり、BL漫画には社長がよく出てくるけれど、彼らの腹筋はだいたい割れていると。
一同 (爆笑)。
三浦 言われてみればそんな気もしてきません? で、その後ふたりでわが家のものすごい量のBL蔵書を調べてみたのですけど、本当にかなりの割合で割れていました。
溝口 貴重な知見が……(笑)。
三浦 あと、BLの受によくある発言に、「女扱いするな」ってあるじゃないですか。あれも不思議じゃないですか? その違和感に気づかせてくれたのが、崎谷はるひさんの『純真にもほどがある!』というBL小説です。受が、自分は攻から女みたいに扱われている気がする、という悩みを女性の同僚に打ち明けるシーンがあるんですけど、そこでその女性が、「女扱いをされたがなんですか。私なんか生まれてこのかた、女扱い以外されたことありませんが?」と答えるのです。
溝口 ああ、なるほど。それはすごいですね。BLには、読み手たちが、現実での「女性扱い」から逃走して楽しむ側面があるので、「女扱いするな」っていうのは、そこを保障するためのセリフなんだろうとは思うんですけど、崎谷さんの作品では、そこにひそんでいるミソジニーを指摘したってことですよね。
三浦 そうそう。「女扱いするな」っていうのは、作者や読者である女性たちの、対等な人間関係を希求する思いが託された切実なセリフなんだけど、「そうか、実は私自身が『女性』というものを下に見てるから、このセリフに引っかかりを覚えなかったのかもな」と気づかされました。
溝口 ふたりの関係性のなかでだけはいわゆる「女役」かもしれないけど、この関係性以外のところでは俺は「男」なんだという補強でもありますよね。でも、それをずっと繰り返しているうちに「女役」や「女」の何が悪いの?という発想に転じてきている。女性性からの逃避が女性性の肯定に転じるというのが興味深くて。BLの快楽を損なわないお約束を踏まえつつ、BLの快楽を損なわない形で進化した表現を盛り込める人がたくさんいますよね。
三浦 目からうろこが落ちました。
BLと人形浄瑠璃の意外な共通点
溝口 最近、「BL小説の書き方」のような本が出ているってご存じですか?
三浦 へえ、あるんですか!
溝口 あるんですよ。でも、三浦さんもご存じなかったように、BL作家さんで読んだっていう人を知りません。で、別にマニュアルが配られているわけでもないのに、商業BLにはたくさんのお約束があって、それがおもしろいですよね。