扇形の生命史
『イシュマエル』という小説の作者ダニエル・クインは、これまでの「進化という神話」に代わる、本当の進化の意味をゴリラに語らせようとした。そうすれば、そこに人類がこれから歩むべき道が開けるだろう、と。
ここで、思い出してほしい。本連載のはじめの方で、「進化」を「弱肉強食」ととらえるまちがいについて話したね。自然界における「強さ・弱さ」は、ぼくたちが思い描くような単純なものではない、と。「強さ」とは決して、他者を打ち負かすことではない。食う方が食われる方より「強い」といっても、その食われる方が生きていてくれるおかげで、食う方は生きていられるのだから。 そして、「棲み分け」という言葉について学ぶことを通じて、すべての生物種が「オンリー1」であるだけでなく、「ナンバー1」でもあることを見た。
生物学者の稲垣栄洋はこう言っていた。生物にとって生き残ることこそが最も重要なのだとすれば、結局、「強い生き物が生き残る」のではなく、「生き残ったものが強い」のだ、と。その意味では、38億年の生物進化の歴史を経て、今生きているどんな種も最強の種にちがいない。
そして、その強さの源が、それぞれの種が見出した独自のニッチ(生態学的な居場所)にあることについても見た。さらに、そのニッチを見出すことを可能にしたのが、それぞれの種が抱えている「弱さ」のおかげなのだということ——つまり、強さの源が弱さであるということ。
ゴリラのイシュマエルが批判した「進化という名の神話」では、言わば人間がピラミッドの頂点に立っていた。このピラミッドを逆さまにして、扇のような形で進化の歴史をイメージすることを教えてくれるのは、生命科学者の中村桂子だ。
要(かなめ)を下にして、上へと開いている扇——を想像してみてほしい。そこにさまざまな生物が細かく描かれている。それが中村の考案した「生命誌絵巻」だ。 まず扇の上端——それを「天」と呼ぶ——には現在の世界に生きている多様な生きものたちが並んでいる。バクテリアも、藻類も、菌類も、植物も、動物も、そしてヒトもいる。それらは、数千万種にも及ぶと推定される無数の生物たちを代表している。
扇の要の部分は、38億年前の地球上の生命の始まりを表している。そこに描かれているのが、祖先細胞で、そこから、この38億年の間——つまり、扇の下から上まで——に生きたすべての生きものが生まれてきた。こうして扇は一つの生命から、何千万種へ、一から多様性へと向う進化の筋道を示している。
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