最終進化形が人類なのか?

生命が誕生し、そして進化し続けたその中から最後に人類が現れたのだろうか? 進化の末に登場した人類はより複雑でより優れた存在なのだろうか? 世界はどう始まり、いかにして現在のようになったのか、目線を変えると違った世界が見えてくる。

すべての生きものが同じように持つ重みを感じて行動する(中村桂子)

ゴリラのイシュマエル

 さて、この辺で、ゴリラに登場してもらおう。とはいっても、『イシュマエル』という一種のファンタジー小説の中のゴリラだ。

 ある日、「僕」は、次のような新聞の広告記事に誘われて出かけていったあるビルの一室で、イシュマエルに出会う。

「当方教師—生徒募集。世界を救う真摯な望みを抱く者に限る。本人直接面談のこと」

 生徒を募集している教師の名はイシュマエル、なんとそれは高齢のオスのゴリラだった。驚きのあまりポカンとしている「僕」に、イシュマエルはまず自分の生い立ちを語る。1930年代に西アフリカのジャングルで生まれたが、幼くして捕獲され、米国の動物園に連れてこられ、やがて移動遊園地に売りとばされた。

   その頃のことをふりかえってイシュマエルは言う。ああいった場所で動物たちは野生のままに生きている動物たちより深く、物事を考えるようになる、と。人間の会話が理解できるようになるにつれて謎もまた深まった。

 トラもゾウもゴリラも動物だというのはわかる。でも、人間だけが動物ではないというのが、イシュマエルにはどうしてもわからないのだった。

 やがて、彼は裕福なユダヤ人ソコロフ氏に買いとられ、保護される。それは第二次世界大戦の前夜のことで、ヨーロッパに住む自分の一族をナチスによって皆殺しにされたばかりのソコロフ氏は、絶望の淵にあった。とらわれの身であるゴリラに、ユダヤ人同胞の姿が重なったのだろう。イシュマエルに言語能力があることを知った彼は、10年をかけて「世界について、宇宙について、人類の歴史について、知っている限りのすべて」を教えこむ。

 さて、「僕」との授業を始めるにあたって、イシュマエルはまず自分の担当教科が、「とらわれ」であると告げる。これについて、彼は、昔ソコロフ氏と研究したナチス・ドイツのことを例にあげて説明した。

 彼によると、ユダヤ人をとらえ、迫害していたドイツという国全体が実はとらわれの身だった、と。では、何にとらわれていたのか、と言えば、それは「神話」だった。ドイツ人の多くは、人類の中で最も優れたアーリア人種であり、世界戦争に勝利することによって全人類の長としての地位を確立する、という物語を信じていたのだ。

 イシュマエルは「僕」に言う。

私がこれを話しているのは、君たちもそれと似た状況にあるからだ。……君たちも物語に捕らわれている。……わざわざ口に出す必要も、話し合う必要もない。君たちの誰もが、六歳から七歳に達するまでには、その物語を暗記している。あらゆるプロパガンダと教育をとおして、それは雨のように君たちの上に降っている。

 その物語とは何か。イシュマエルの「とらわれ」の授業はやがて、現代社会の「創造神話」に至る。創造神話とは、世界がどう始まり、その後、いかにして現在のようになったか、についての説明だ。

 イシュマエルによると、現代人はこんな「神話」を教えこまれている。ビッグバンで始まり、太陽系の誕生、惑星群の形成、地球における生命の誕生へ。さらに、バクテリアや微生物から、軟体動物、両生類、爬虫類、哺乳類へと続く生物進化。やがて、霊長類が現れ、その中から、最後に人類が登場する。

 これがきみたちの文化の創造神話だ、と言うイシュマエルに、生徒である「僕」は「これのどこが神話的なんです?」と反論する。

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弱虫」でいいんだよ

辻信一

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