家族無計画

私が死んだら大笑いしてほしい

自分が死んだら周りの人がどんな反応をするか考えたことはありますか? 家入明子さんは子供の頃から、自分の葬式に誰が来て、どんな悲しみの表情を見せるのかを考える「葬式シミュレーション」をしていたのだとか。しかし「ある一件」をきっかけに、シミュレーションの内容が大幅に変わったそうで……。

登下校中、次の電柱にたどり着くまで息を止めていられたらラッキーなことが起きる、とか、いつもなぜか家の軒先に立ってるおじいちゃんが今日も立ってたらアンラッキー、とか。子供の頃はよくそんな風に、運命相手のくだらない賭け事をやっていた。通学途中の小学生、つまり私を除けば道を歩いている人間なんて滅多にいない、車移動がメインの町で、延々と続く田んぼビューに飽き飽きした田舎の子供が、苦し紛れに考え出した孤独な遊びである。

「電柱」とか、「じいさん」とか、街中の要素が限られているので妄想ですら華がなく、すぐに飽きる。で、飽きたらシミュレーションゲームをやった。ひとつは「笑っていいとも」のテレフォンショッキングに出ることになったら何を喋るか、そしてもうひとつは、私が死んだら葬式には誰が来て、どんな反応を見せてくれるのか。頭の中でこの2つの状況を想像し、繰り返しシミュレーションする遊びである。トーク力を問われる「笑っていいとも」に比べると、ただ死んで天国から見下ろしていればいい葬式の方が自分に優しいので、私は問答無用で葬式シミュレーションが好きだった。

架空の私の葬式では、それはそれはたくさんの人が不幸になった。父も母も妹も当然ながら大号泣。でも、あんまり近しい家族が悲しむのは自分も辛いので、この辺は適当にスルー。ちょっと遠い親戚とか、学校の先生やクラスメイトたちが悲しみに暮れる様子を想像してほくそ笑む。いつも憎まれ口ばかりきいてくる男子も、さすがにこのときばかりは打ちひしがれているし、中には密かに私のことが好きだった子もいて、その子は立ち直れないほどの深い傷を追っている。よく知らない近所のおじちゃんがやってきて、「毎日挨拶してくれるいい子でした」って泣くし、噂を聞きつけた教育委員会も「惜しい児童を亡くした」と泣く。私の死が、全世界を、出口のない深い悲しみに突き落とすことを、ただひたすら妄想しては、ほくそ笑んでいたわけである。

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強く愉しく新しい“家族論”エッセイ、ついに書籍化!

家族無計画

紫原 明子
朝日出版社
2016-06-10

この連載について

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家族無計画

紫原明子

「日本一炎上しがちな夫」こと、起業家の家入一真さんと結婚した家入明子さん。現在「ソーシャル主婦」として、家入家独特の育児の話や、夫婦間のデリケートな話題に切り込む記事をブログで発信し、話題となっています。そんな明子さんが、ブログよりも...もっと読む

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コメント

USAGIBOY すごい話だなwwwこのレベルのすべらない話を2、3個はストックしておきたいもんです https://t.co/DIft20AkQl 2年以上前 replyretweetfavorite

tomy_f 「しかしながら、お母さんは人間として、女として、たまにはぬけぬけと楽しいこともやっているのだ。」いい母ちゃんだ。 ーー 2年以上前 replyretweetfavorite

int13z \(^o^)/  //    2年以上前 replyretweetfavorite

szok5273 そうだ煩悩まみれのお母さんでも良いんだー!気持ち楽になるー! 2年以上前 replyretweetfavorite