電気サーカス 第38回

テレホーダイでネット接続していた時代。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、知り合いが主催のイベントに顔を出したり、向精神薬を入手するため通院したりと自由な毎日を謳歌中。アルバイトも辞めることにしたが、ひとつ気がかりな事が。

 女たちのタナカさんに対する嫌悪たるや恐ろしいもので、優しく穏やかな性格だと僕も少なからず好感を持っていた肉が食べられない女子大生のヨコイさんまでもが彼を無視しているのを見た時は、さすがにショックを受けた。「あの人とだけは組みたくない」と直接愚痴をこぼされたことさえある。
 タナカさんはこの状態を冗談めかして「ミズヤグチ君以外の人と組んだときは、一日中一言も喋らないんだよ。どうしたらいいかな?」などと笑うのだけれど、僕は笑えない。
 彼がこれほどまでに女受けが悪いのは何故か。本当は面白い人なのに。ここに来る前はタクシードライバーをやっていて、訊けばその時の経験談を饒舌に語ってくれるのに。
 三十がらみの年齢が若者の間で浮いているからだろうか? それとも、その年齢以上に老けて見えるもっさりとした外見のせいだろうか? あるいは、そのぼそぼそとした喋り方などが原因なのかもしれない。
「ミズヤグチ君がいなくなったら、寂しくなっちゃうなあ」
 という彼の言葉には重みがある。
 僕としても、彼を残して辞めてゆくのはつらい。僕はどうも自分より年長の、こういったアルバイトの人に妙な親しみを感じてしまう癖がある。なんといっても、彼は僕の将来の姿だ。いや、むしろ僕の場合はもっと酷いだろう。どうも最近、先のことを考えると、路上生活者以外の姿が想像出来なくなりつつある。
 いつだったか、サイトにも『未来予想』というタイトルで書いたっけな。働く気力などまったくなく、将来を向上させようという意欲もない僕は、労働などせずにだらだらと寝て遊んで暮らしてゆきたいなあと思っているが、まあ無理だ。十年もすれば、僕の唯一の取り柄である『若さ』は失われ、全ての可能性を消失し、友人たちには見捨てられ、ついでに住む場所も失っている。垢じみて灰色になった服を着て、髪と髭は伸び放題になり脂を含んで不潔な艶を帯びている。通り過ぎれば悪臭が漂い、道行く人が顔を顰める。それが僕には苦しい。ああもう、悔しいなあ。ストレスを常に抱え込むようになって、誰にも聞きとがめされぬようぶつぶつと口の中で世界への呪詛の言葉をつぶやき、残飯にたかる野良猫に遭遇すればそれを蹴飛ばし、時折意味もなく怒声を上げて、なんとかバランスをとる他ないじゃないか。そして最終的には、すきま風吹き込む段ボール製の我が家のなかで、食事もとれぬままガタガタ震えて死んでゆくのだ。まったく無為な人生だ。その時僕は劣化した機械油と土埃にまみれたしわだらけの自分の手を見つめ、孤独で何も得ることのなかった己の生涯に呆然とし、価値を得るための努力を怠った己の不甲斐なさに失望し、さめざめとすすり泣く。己のために泣くというのは、もっとも退嬰的で薄汚い自慰のやり口である。つまり僕は結局最期の瞬間でさえ尊厳を示すことが出来ないのだ。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

週刊アスキー

この連載について

初回を読む
電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード