一故人

悼む・弔う・偲ぶ—最期から読む人物伝

今回の「一故人」は番外編として、弔辞や追悼文と関連した書籍をご紹介します。お盆の季節でもあるので、亡き人を偲んだ本に目を通してみるのはいかがでしょうか。読み応えのあるブックガイドとしてご覧ください。そして、当連載の筆者・近藤正高さんの著書『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)が、8月20日に発売されます。戦後70周年とタモリの歩みを重ねて読み解く一冊です、ご期待ください。

「後ろから書かれた偉人伝」

2012年9月に不定期ながら連載を始めた「一故人」もまもなく4年目に入ろうとしている。この連載を続けていくうえでは、念頭に置いている本がいくつかある。今回は番外編としてそのうち何冊かを紹介してみたい。

まずとりあげたいのは、山田風太郎の『人間臨終図巻』だ。これは古今東西の著名人の最期を亡くなった年齢別に分類してつづったもので、私はたしか中学時代(90年代に入るか入らないかというころ)に、作家の橋本治とマンガ家の高橋春男がそれぞれ著書で紹介しているのを読んで知ったのだった。

人間臨終図巻1<新装版> (徳間文庫)
人間臨終図巻1<新装版> (徳間文庫)

《はっきり言ってこの本は、後ろから書かれた偉人伝である。前からだと色々見えないところもあるが、後ろから見れば、もう隠しようもなく丸見えである》とは橋本治の評(『青春つーのはなに?』集英社文庫、1991年)だ。本書を読むとたしかに、死ぬまぎわにこそその人の本質が表れるという事例がよく出てくる。また、若いころと意見を一変させる人もいる。作家の志賀直哉など、若いころは自殺を否定していたが、晩年には老醜をさらして長生きするのをいやだと安楽死のことをよく口にしていたという。

『人間臨終図巻』は現在では徳間文庫版の全4巻、角川文庫版の全3巻が入手しやすい。その親本となる徳間書店版の単行本は、上巻が1986年の秋の彼岸に、下巻が翌87年の春の彼岸にあわせて刊行された。単行本は上下巻あわせて5000円近くしたはずで、中学生だった私にはなかなか手が出せず、結局後年社会人となってから、全3巻の普及版が出たときに買ったと記憶する。その後、引っ越しのときに手放してしまったのだが、最近、徳間文庫版を電子書籍で再購入して読み始めたら、やっぱり面白い。それはこの本の随所から、山田風太郎という作家の人間観が垣間見えるからだろう。独自の見解からの推察、断言も多い。

たとえば24歳で亡くなった明治の作家・樋口一葉の項では、一葉が亡くなる1、2年前から貧苦のために高利貸の男に借金を申し込み、妾になれと言われていたことに触れ、ここから《もし一葉が『たけくらべ』を書けず、しかもなお数年の余命を保ち得たとすれば、彼女はその高利貸の手に落ちていた可能性もある》と記す。

昭和初期の首相で、東京駅で銃撃された浜口雄幸の項では、体内から銃弾を取り除く手術のあと、《東大病院の塩田広重博士は、「手術は成功した。ガスが一発出てくれれば退院の日も遠くない」と発表して、人々にその一発を期待させた》などという、じつにあけすけな一文が出てくる。なお、浜口は退院後、国会に復帰したとはいえ、けっきょく銃撃の際の傷がもとで61歳で亡くなった。

ほかにも、91歳で亡くなった元首相で「最後の元老」と呼ばれた西園寺公望の項では、日中戦争の泥沼化から日米開戦へといたる過程で西園寺が愚痴をこぼしながらも《傍観している公卿特有の天性をまぬがれなかったのではないか》と厳しく評されている。一方で終戦後、戦争協力者として「戦犯」に指定され、その解除後も世間から忌避されるようになった言論人・徳富蘇峰(93歳で死去)に対してはどこか同情的で、《彼の『近世日本国民史』は、戦後の史家に、それが皇室中心主義者徳富蘇峰の史書であるがゆえに、表面黙殺されつつ、実は大いに利用されている》と評価を示している。

伝記は主観が入っていたほうが面白い

山田はとりあげた人物たちに対し個人的な好き嫌いを隠そうとしない。だからこそこの本は面白い。『人間臨終図巻』のスピリットを引き継ぎ、ノンフィクション作家の関川夏央が現在、岩波書店のサイトで連載している「人間晩年図巻」(2014年~)にも、関川自身の好みがはっきり表れている。

尾崎豊やアイルトン・セナの記事はさほど興味なく書かれている印象を受ける。他方、一般的な知名度はさほど高くない人物……たとえば大津高幸(あさま山荘事件で狙撃された機動隊員)や中島葵(女優。俳優・森雅之の婚外子)など……も積極的にとりあげて詳述しているあたり、著者の関心領域が見えてくる。

関川はかつて『知識人99人の死に方』(荒俣宏監修、角川書店、1994年/角川文庫、2000年)というアンソロジーに、作家・有吉佐和子の晩年を追った記事を寄せていた。戦後日本の知識人を対象とした本書もまた『人間臨終図巻』の影響下にあると思われる。ちなみに同書所収の猪瀬直樹による三島由紀夫の記事は、猪瀬の『ペルソナ 三島由紀夫伝』(文藝春秋、1995年/文春文庫、1999年)の原型とも位置づけられるし、作家の稲垣足穂が「扱いにくいジジイ」のまま晩年まで突っ走るさまを描いた記事は、執筆者である都築響一(編集者・写真家)の強い共感から書かれている。

知識人99人の死に方 (角川ソフィア文庫)
知識人99人の死に方 (角川ソフィア文庫)

物故者をデータベース化した書籍にはこのほか、齋藤信義『追悼レビュー'93 [著名人・話題人]物故者名鑑』(自由国民社、1993年)、朝日新聞東京本社企画報道部編『惜別—忘れ得ぬ人たち』(主婦の友社、2003年)などがある。ただ、いずれも資料的価値はあるとはいえ、書き手の関心がどこにあるのか見えにくい。伝記の類いはやはり、著者の主観が入り、独自の切り口から書かれているほうが面白いに決まっている。当連載「一故人」で私が心がけているのも、まさにその点である。

葬儀をめぐり弟子を悩ませた志賀直哉

『人間臨終図巻』では、その人物とかかわりのあった人物による追悼文の類いも多数参照されている。前出の志賀直哉の項では志賀の弟子・阿川弘之(2015年8月3日没、94歳)による「葬送の記」からの引用があった。これは、文芸誌『群像』の志賀の追悼号(1972年1月号)に発表され、現在では講談社文芸文庫編『追悼の文学史』(講談社文芸文庫、2013年)で読むことができる。

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この連載について

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一故人

近藤正高

ライターの近藤正高さんが、鬼籍に入られた方を取り上げ、その業績、人柄、そして知られざるエピソードなどを綴る連載です。故人の足跡を知る一助として、じっくりお読みいただければ幸いです。

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コメント

donkou というわけでケイクス連載、久々に更新しております。お盆からはちょっと遅れましたが、追悼本をあれこれ紹介しました。 4年弱前 replyretweetfavorite

itoi_shigesato 名連載なんです。この連載に登場した人物には、必ず強い興味を持ってしまった。 4年弱前 replyretweetfavorite